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第12話:知性の光、呪いの隙間

特務調査室に、緊張と静かな興奮が満ちていた。

「監視役がいます。どう動きますか、令嬢」

カイン卿の問いに、私は壁の地図を指し示したまま、迷いなく答えた。


「作戦は必要です。ですが、力ずくでも、魔法でごまかすのでもありません。使うのは、彼らの“思い込み”と、この街の“日常”です」


私は二人に向き直り、立案した作戦を告げた。

「私とエリアーナ様は、慈善活動の一環として、下町の教会へ視察に赴きます。お忍びですが、聖女様の慈善活動です。誰も邪な目では見ませんし、監視役も『何か裏がある』とは考えにくいでしょう」


「なるほど。聖女という立場を、完璧な隠れ蓑にするわけですか」とカイン卿が頷く。


「はい。そしてカイン卿には、そのタイミングで陽動をお願いします。ただし、派手な騒ぎは不要です。市場で少し大きめの喧嘩騒ぎでも起こしてくだされば、人の目は自然とそちらへ向きます。監視役とて人間。一瞬の油断、あるいは好奇心が生まれれば、それで十分」


それは、魔法のような超常的な力に頼らない、人間心理の穴を突く、緻密な作戦だった。これこそが、私が得意とする戦い方だ。


***


作戦は完璧に成功した。

私とエリアーナは質素な修道女の服で変装し、下町の教会を訪れた。カイン卿が裏で起こした市場の騒動に、監視役たちの意識がわずかに逸れた、ほんの数分の隙を突いて、私たちはアンナのアパートの前に立っていた。


部屋に入ると、アンナは昨日と同じように怯えていた。

エリアーナが彼女のそばに寄り添い、静かに祈りを捧げ始める。すると、奇跡の光景が広がった。エリアーナの身体から金色の粒子が溢れ出し、薄暗い部屋を、まるで夕暮れの光が差し込む礼拝堂のように、温かく神聖な輝きで満たしていく。


その光に反応し、アンナの首筋に、あの禍々しい黒い茨の文様が浮かび上がった!

文様は、邪悪な黒い霧を放ち、聖なる光の侵食に激しく抵抗する。


「ぐっ、うぅ……!」

アンナが、昨日以上の苦痛に顔を歪める。

エリアーナの額にも汗が滲む。「くっ……! なんて、強い呪い……!」

彼女がさらに力を込めようとした、その瞬間だった。


「エリアーナ様、待って! 力任せではダメです!」

私が鋭く制止する。

私は、ただ祈りの光景を見ていたわけではない。アンナの苦しみ方、呪いの文様が脈打つリズム、そしてエリアーナの光に対する反応を、冷静に分析していたのだ。


「この呪いは、アンナさんの生命力そのものをエネルギーにしています! 無理に剥がそうとすれば、彼女の命を削るだけですわ!」


「で、ですが、ではどうすれば……!」とエリアーナが悲痛な声を上げる。


私は、このファンタジーの壁を打ち破るための、「法の穴」を見つけ出していた。

「呪いを破壊するのではありません。無力化するのです。この呪いの契約内容は、おそらく『姉の事件の真相を、他者に語ってはならない』というもの。ならば、その“適用範囲外”を突けばいい」


「適用範囲外……?」


「ええ。つまり、『事件の証言』としてではなく、『ただの昔話』としてなら、彼女は語れるはず! エリアーナ様、お願いです。あなたのその聖なる力で、呪いを攻撃するのではなく、アンナの心を恐怖から守り、落ち着かせることだけに集中してください!」


私の言葉に、エリアーナははっと目を見開いた。彼女はすぐに意図を理解し、祈りの質を変えた。攻撃的な浄化の光が、アンナの心を優しく包み込む、穏やかで温かい守りの光へと変わっていく。


すると、あれほど激しく抵抗していた呪いの文様が、徐々にその勢いを失い、アンナの呼吸が楽になっていくのが分かった。呪いは消えない。だが、発動はしていない。


私は、アンナのそばに静かに膝をつくと、優しく語りかけた。

「アンナ。もう大丈夫。事件のことを無理に話す必要はありません。ただ、あなたの知っている、昔々の『おとぎ話』を聞かせてくれるだけでいいのです」


私は、尋問ではない、物語の始まりを促した。

「――あるところに、太陽のように明るく、誰からも愛される、とても優しいお姫様がいました。そのお姫様は……」


アンナは、私の目を見つめ、こくりと頷いた。

そして、震える声で、その「おとぎ話」を語り始めた。


「はい、ルクレツィア様。そのお姫様は……ある夜、一人の男に呼び出されたのです。それは、決して会ってはいけないはずの……隣国の王子様を、連れた……」

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