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第8話 地下抵抗組織

 シャドウナイツの噂は、重い鉛のように俺の心にのしかかっていた。

 英雄の力が悪用されている現実、そして「正義とは何か」という答えの出ない問い。

 酒場を出た後も、俺は考え込んで黙り込んでしまった。


「カズトのアニキ、元気ないな?  シャドウナイツの話、怖かったのか?」


 隣を歩くルークが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


「まあ……ちょっと、色々と考えちゃって」

「そっか……。なあ、アニキ。実はさ、教授にもう一つの顔があるんだ。アニキたちなら、知っておいた方がいいかもしれない」


 ルークは悪戯っぽく片目を瞑り、声を潜めて言った。

 もう一つの顔?

 あの風変わりな発明家のじいさんに?


「どういうことだ?」

「へへ、ついてくりゃ分かるよ!  ちょっと面白い場所に案内してやるぜ!」


 ルークは俺とアーシャを手招きし、再びエレミアの迷路のような路地裏へと足を踏み入れた。

 今度は、昼間でもあまり日が差さない、さらに奥まった一角だ。

 古びた倉庫が立ち並び、少しカビ臭いような、湿った空気が漂っている。


 ルークは慣れた様子で進み、ある大きな倉庫の裏手に回ると、壁の一部を軽く叩いた。

 コツ、コツ、コッツ、という独特のリズム。

 すると、壁の一部が音もなく内側に開き、地下へと続く薄暗い階段が現れた。

 隠し扉だ!


「こ、ここはいったい……?」

「まあまあ、降りてみなって!」


 ルークに促され、俺たちは警戒しながらも階段を下りていく。

 ひんやりとした空気が肌を撫でる。

 階段を下りきると、そこには予想以上に広い空間が広がっていた。


 薄暗いマナランプの明かりが、壁や天井をぼんやりと照らし出している。

 壁にはエレミアや周辺地域の大きな地図が貼られ、いくつかの地点に印がつけられていた。

 

 部屋の隅では、屈強な男たちが剣や鎧の手入れをしており、別の場所では、ローブを着た人々が小さなテーブルを囲んで真剣な表情で密談している。

 

 人間だけでなく、獣人や、小柄な種族の姿も見える。

 皆、一様に真剣な、それでいてどこか抑圧に抗うような強い意志を目に宿していた。

 部屋全体に、静かな熱気と緊張感が満ちている。


「ここは……?」


 俺が呆然と呟くと、部屋の奥から声がした。


「やあ、いらっしゃい、一翔くん、アーシャくん」


 そこに立っていたのは、紛れもなく教授だった。

 しかし、いつもの油汚れた白衣ではなく、落ち着いた色合いのローブを羽織っている。

 白髪はきちんと整えられ、分厚い眼鏡の奥の瞳は、研究室で見るような子供っぽい輝きではなく、鋭い知性と指導者の威厳を湛えていた。

 周囲の人々が、彼に敬意のこもった視線を送っているのが分かる。


「教授……!?  いったい、ここは……それに、その格好……」

「ふぉっふぉっふぉ。驚いたかね?  わしにも、こういう裏の顔があってな」


 教授は悪戯っぽく笑った。


「ここは、マグナス帝国の圧政に抵抗する者たちの、ささやかな集いの場……まあ、人は『リベリオン・ウィング』なんて大層な名前で呼んでおるがね」

「抵抗組織……!?  じゃあ、教授がその……リーダー!?」


 俺の驚きに、教授は「まあ、そんなところじゃ」と肩をすくめた。


「我々の目的は、帝国の打倒だけではない。シャドウナイツの脅威から人々を守り、不当に追われる『英雄の血脈』を持つ者たちを保護し、そして……100年前に闇に葬られた『英雄終焉の夜』の真実を明らかにすることじゃ」


 教授は壁の地図を指しながら、エレミアだけでなく、各地に協力者がいることを示唆した。


「ルーク坊主も、我々の重要な情報提供者の一人での」

「へへん、まあね!」


 ルークが得意げに鼻を鳴らす。


 教授の正体と、この秘密組織の存在。

 あまりに急な展開に頭が追いつかない。

 

 でも、シャドウナイツの非道さを知った後では、この組織の活動に強く心を動かされた。

 帝国に抵抗し、英雄の血脈を守り、真実を探る……。

 それは、俺が漠然と抱いていた「ヒーローとしてやるべきこと」と重なる気がした。


「教授……!」


 俺は前に進み出て、決意を込めて言った。


「俺も、協力させてください!  俺にできることがあるなら、何でもします!」


 単純な「敵か味方か」という話じゃない、もっと複雑な政治的な事情も絡んでいるんだろう。

 でも、目の前で困っている人を助けたい、間違っていることに立ち向かいたい。

 その気持ちに嘘はつけなかった。


 俺の言葉に、教授は満足そうに頷いた。


「そう言ってくれると信じておったよ、一翔くん。君のその真っ直ぐな心と、そのベルトに秘められた力、そして君が持つ異世界の知識は、我々にとって大きな助けとなるじゃろう」


 隣を見ると、アーシャはまだ少し警戒した表情を崩していなかったが、静かに頷いていた。

 彼女も、帝国の圧政には思うところがあるのだろう。


「よーし!  これでカズトのアニキも俺たちの仲間だ!」


 ルークが嬉しそうに俺の腕を叩いた。


 こうして俺は、エレミアの地下に広がる抵抗組織の一員となった。

 英雄クロノスとしての戦いだけでなく、情報戦や潜入活動といった、これまで経験したことのない戦いが始まる。

 期待と不安が入り混じる中、俺の異世界での新たなステージが、静かに幕を開けようとしていた。

 

 ◇


 抵抗組織「リベリオン・ウィング」のアジトに身を寄せてから、数日が過ぎた。

 昼間は教授の研究室でベルトの解析や制御訓練の手伝いをし、夜はこの地下アジトで組織のメンバーと情報交換をする。

 そんな日々が続いていた。

 シャドウナイツの脅威は依然としてエレミアの街に暗い影を落としており、帝国への不満を口にする市民の声も日増しに大きくなっている気がする。


 何か、俺にもできることはないだろうか。

 直接戦うだけがヒーローの役割じゃないはずだ。

 そう考えていた時、ふと、あの広場で見た「魔法通信」のことを思い出した。


「なあ、教授。あの魔法通信って、匿名で情報を流したりできないんですか?」


 アジトの片隅で作戦会議をしていた俺は、隣に座っていた教授に尋ねてみた。


「ん?  魔法通信か? 可能じゃとも。発信元の魔力痕跡を偽装する魔法回路なら、わしが昔に開発した試作品があるぞい。何じゃ、何か面白いことでも思いついたのかね?」


 教授は目を輝かせて身を乗り出してきた。

 俺は自分の考えを話してみる。


「英雄クロノスとして、匿名でメッセージを発信するんです。『エレミアの市民は一人じゃない、希望を捨てないでくれ』って。そうすれば、少しはみんなを元気づけられるかもしれないし、帝国の圧政に対する小さな抵抗にもなるんじゃないかって……」

「ほう! それは面白い!」


 教授は膝を打った。


「英雄の再来を演出し、民衆の士気を高める……情報戦の第一歩としては悪くないかもしれんな!」

「待て、危険すぎる」


 しかし、隣で地図を見ていたアーシャが、すぐに冷や水を浴びせてきた。


「帝国の監視網を舐めるな。匿名と言っても、完全に足跡を消せるとは限らん。下手に刺激すれば、大規模な摘発が始まるかもしれんぞ」

「でも、アーシャ!  このまま黙っていても、状況は悪くなる一方だ。それに、俺の噂はもう広まっちゃってるんだし……。やり方次第だと思うんだ!」

「面白そうじゃん、アニキ! やってみようぜ!」


 ルークも目を輝かせて賛成してくれた。


 アーシャはまだ納得いかない顔をしていた。

 しかし、教授の「まあまあ、アーシャくん。危険は承知の上じゃ。万全の準備はするつもりじゃよ」という言葉と、俺たちの熱意に押されたのだろう。

 彼女は小さく溜息をつくと、「勝手にしろ。ただし、失敗したら承知せんぞ」とだけ言って、再び地図に視線を落とした。


 早速、準備が始まった。

 教授は研究室から持ち出した、古びたトランクほどの大きさの複雑な装置をアジトの一室に設置した。

 これが匿名発信用の魔法通信装置らしい。

 俺は発信するメッセージの内容を考えた。

 あまり長くても読まれないだろうし、ヒーローらしく、簡潔で力強いメッセージがいい。


「よし、こんな感じかな……」


 俺は羊皮紙にメッセージを書き出した。


 『エレミアの市民へ。闇を恐れるな。夜明けは近い。正義の心がある限り、希望は消えない。英雄クロノスは、君たちと共にある!』


 ちょっとキザすぎるか?

 でも、特撮ヒーローの決めゼリフって、大体こんな感じだよな。


「準備完了じゃ。一翔くん、いつでも発信できるぞ」


 教授に促され、俺はゴクリと唾を飲んだ。

 発信装置の前に立ち、水晶に魔力を込めていく。

 緊張で手が少し震えた。

 これで本当に大丈夫だろうか……。


 意を決して、魔力を最大まで高める。

 装置が低い唸り声を上げ、水晶の映像と羊皮紙のメッセージが光の粒子となって装置に吸い込まれていく。

 そして、アジトの天井に設置されたアンテナのような部分から、目に見えない何かが、エレミアの空へと放たれていった……気がした。


「よし、発信成功じゃ!」


 教授が計測器を確認しながら言った。

 俺たちはすぐに、アジトに設置されている受信用の魔法通信クリスタルの前へと移動した。


 最初は何も変化がなかった。だが、数分もすると、クリスタルの表面に、俺たちが発信したメッセージと映像が表示され始めた。

 そして……。


「うわっ! すごい!」


 ルークが声を上げた。

 クリスタルの周りに、無数の光の点が集まり始めたのだ。

 それは、このメッセージを見た人々からの「反応」のようなものらしかった。


『クロノス!?  本物か!?』

『信じられない!  英雄が本当にいたなんて!』

『頑張れクロノス!  帝国を倒してくれ!』

『これは帝国の罠じゃないのか?』


 驚き、称賛、疑念、そして……期待。

 様々なコメントや、「いいね!」みたいな印が、滝のようにクリスタル表面を流れ落ちていく。

 その勢いはどんどん増していき、あっという間にエレミア中の話題を独占しているようだった。


「思った以上の反応じゃわい!」


 教授が満足げに笑う。


「これで帝国も本格的に動き出すだろうな。覚悟はしておけ」


 アーシャは冷静に釘を刺す。


 俺は、その凄まじい反応の奔流を呆然と見つめていた。

 人々に希望を届けられたかもしれない、という手応え。

 情報が瞬時に拡散していく力への驚きと、少しの恐怖。そして……。


(あれ……?  なんか、みんなの反応って……)


 応援してくれるのは嬉しい。

 でも、コメントの中には「もっと派手な活躍を」といった、まるでヒーローショーの続きを期待するような声が少なくないことに、俺は気づいてしまった。


 俺は、この世界のヒーローになりたい。

 見世物になりたいわけじゃない。

 でも、人々が求めているのは……?


 魔法通信の画面に映し出される無数の光を見つめながら、俺の心には、達成感と共に、新たな疑問と葛藤の種が、確かに芽生え始めていた。


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