第6話 魔法通信
ルークという頼もしい(?)案内人を得て、俺たちのエレミアでの生活は少しずつ軌道に乗り始めていた。
彼のおかげで街の地理にも少し詳しくなったし、アーシャも彼の情報収集能力には一目置いているようだった。
「今日は街で一番賑やかな場所、中央広場に連れてってやるよ、カズトのアニキ!」
ルークはそう言うと、得意げに先導してくれた。
相変わらず元気いっぱいで、ぴょこぴょこと跳ねるように歩く姿は、見ているだけでこっちも楽しくなってくる。
アーシャは少し離れて、相変わらず周囲を警戒しながらついてきていた。
迷路のような裏通りを抜け、大きなアーチをくぐると、視界が一気に開けた。
そこが中央広場らしかった。
石畳が広がり、中央には美しい水の噴水があって涼しげな水音を立てている。
周りには露店がずらりと並び、香ばしい食べ物の匂いや、陽気な音楽が聞こえてくる。
大道芸人らしき人物が人だかりの中心で何か芸を披露していて、歓声が上がっていた。
まさに「自由都市」の名にふさわしい、活気とエネルギーに満ちた場所だ。
その広場の中でも、ひときわ多くの人が集まっている一角があった。
何だろうと思って近づいてみると、広場の中央に、高さ三メートルほどの巨大な水晶の柱が立っているのが見えた。
透明な水晶の内部では、淡い光が複雑に明滅している。
そして、その表面には……文字や、簡単な絵のようなものが次々と浮かび上がっては消えていく。
「ルーク、あれは何だ?」
「あれはエレミア名物の『魔法通信』さ! この街の情報は、大体ここに集まってくるんだぜ」
ルークが胸を張って説明してくれた。
彼によれば、あの水晶の柱は「マナ・クリスタル」と呼ばれる特殊な鉱石でできていて、魔力を込めることで情報を表示したり、他の場所にある同じようなクリスタルと情報を共有したりできるらしい。
人々はクリスタルのそばにある小さな台座に手を触れ、魔力を送ることで、情報を書き込んだり、特定の情報を検索したりしているようだった。
「すげぇ……これって、俺の世界のインターネットみたいなものか」
「インターネット? なんだい、そりゃ?」
「あ、いや、こっちの話だ」
俺が知っている技術とは仕組みが違うけれど、機能としては驚くほど似ている。
異世界にもSNSみたいなものがあるなんて……。
俺は感心しながら、水晶に表示される情報に目を凝らした。
天気予報、商品の広告、尋ね人のお知らせ、どこかの店の評判……様々な情報が目まぐるしく流れていく。
その中に、俺は思わず息を呑むような情報を見つけてしまった。
下手くそだけど、明らかに俺――英雄クロノスの姿を描いた絵。
その下には「目撃情報求む!」「彼は本物の英雄か?」といった文字が踊っている。
「うわ……」
あの村での一件が、もうこんな形で広まっているなんて。
嬉しいような、恥ずかしいような、そして何より……アーシャの警告を思い出して、背筋が少し寒くなるような、複雑な気持ちになった。
「便利な道具だが、扱い方を間違えると命取りになる」
いつの間にか隣に来ていたアーシャが、低い声で言った。
彼女も水晶の表示を見ていたようだ。
「帝国はこの『魔法通信』も監視している。迂闊な情報を流せば、発信源を特定される可能性もある。お前に関する情報も、いずれ帝国の目に留まるだろうな」
アーシャの言葉は、浮かれかけていた俺の頭に冷水を浴びせた。
確かにそうだ。
この便利な情報網は、敵にとっても同じように便利なものなんだ。
魔法通信。
この世界の情報を繋ぐ、光と影を持つ技術。
俺はこの力とどう向き合っていくべきなんだろうか。
自分の噂が広まることへの戸惑いと、この技術を使って何かを成し遂げたいという思い。
新たな可能性と、それに伴う危険性を感じながら、俺はしばらくの間、光り輝く水晶の柱をただ見つめていた。
◇
エレミアでの生活が始まって数日が経ったが、俺には一つ、大きな悩みがあった。
あの夜、帝国兵から逃げる時に暴走しかけた変身ベルト……クロノスベルトの調子が、どうも良くないのだ。
変身しようとしても上手く反応しなかったり、逆に意図しない時に妙な熱を持ったりする。
このままじゃ、いざという時に戦えないかもしれない。
「それなら、一人だけ心当たりがあるぜ、カズトのアニキ」
宿で相談してみると、ルークが何か思い出したようにポンと手を打った。
「職人街の奥の方にさ、『何でも治せる』じいさんがいるんだ。ただ、ちょっと……いや、かなり変わってるけどね」
「変わり者……?」
「ああ。一日中工房に籠って、変な機械ばっかりいじってるんだ。でも腕は確かだぜ!」
変わり者、という部分に少し引っかかったが、背に腹は代えられない。
俺はルークに案内を頼むことにした。
アーシャは渋々ながらも同行してくれることになった。
ルークに連れられてやってきたのは、エレミアの中でも特に古い建物が密集する職人街のような地区だった。
石畳の狭い路地には、鍛冶屋の槌の音や、木工所の木の匂い、革なめしの独特な香りが漂っている。
その一番奥まった場所に、目的の工房はあった。
看板には、判読不明な古代文字のようなものと、歯車とフラスコを組み合わせたような奇妙なマークが描かれているだけ。
建物自体も古びていて、壁には煤のような汚れがこびりついている。
本当にここで大丈夫なのか……?
「ここだよ! プロフェッサー・アルバートの工房さ!」
ルークは元気よく扉を叩いた。
しばらく待っても返事がない。
もう一度叩こうとした時、内側からガチャリと鍵が開く音がして、扉がギィ、と重い音を立てて開いた。
中から現れたのは、ひょろりと背の高い老人だった。
年の頃は六十代か、それ以上だろうか。
豊かな白髪は手入れされていないのか、あちこちに跳ねている。
服装は、油や薬品のシミがいくつもついた、くたびれた白衣。
鼻の上には、分厚いレンズの丸眼鏡が乗っかっていて、その奥の瞳は好奇心にギラギラと輝いていた。
いかにも「マッドサイエンティスト」という言葉が似合いそうな風貌だ。
「なんじゃ、騒々しい……おお、ルーク坊主か。また何かガラクタでも持ってきたのか?」
老人は、ルークを見ると少しだけ表情を和らげた。
だが、すぐに俺とアーシャに気づき、怪訝そうな顔になった。
「後ろの連中は……見かけん顔じゃな。何の用じゃ?」
「プロフェッサー! このアニキたちが、ちょっと困っててさ!」
ルークが間に入って説明してくれる。
俺は前に出て、事情を話した。
「あの、すみません。このベルトなんですが、最近どうも調子が悪くて……」
俺がおずおずと腰のクロノスベルトを見せると、老人の目の色が変わった。
分厚いレンズの奥の瞳が、カッと見開かれる。
「なっ……!? こ、これは……! まさか……! お主、どこでこれを手に入れたんじゃ!?」
老人は、さっきまでの気だるげな様子はどこへやら、ものすごい勢いで俺に詰め寄ってきた。
その食いつきぶりに、俺もアーシャも思わず後ずさる。
「え、あ、いや、これは……その、偶然、古い神殿で……」
「神殿じゃと!? やはりそうか……! 古代の英雄が遺した『クロノス因子』を持つベルト……! しかも、この独特な融合痕……! 異世界の技術か!?」
老人はベルトに触れんばかりに顔を近づけ、ブツブツと専門用語らしき言葉を呟きながら異常なほどの興奮を示している。
その目は、まるで長年探し求めていた宝物を見つけたかのようだ。
「プロフェッサー、落ち着いてください」
アーシャが警戒心を露わにしながら、俺と老人の間に割って入った。
「ふむ……失礼した。あまりに興味深いものを見たものでな」
老人は咳払いを一つすると、少しだけ落ち着きを取り戻した。
「わしはアルバート・クロノア。皆からは『教授』と呼ばれておる。見ての通り、しがない研究者じゃ。特に……そう、英雄の技術には少々うるさくてな」
教授と名乗った老人は、改めて俺のベルトを熱心な目で見つめた。
「このベルト……確かに不安定なエネルギーを発しておる。原因を突き止めるには、詳しく調査する必要があるじゃろう。よければ、このわしに預けてはくれんか? もしかしたら、分解する必要があるかもしれんが……」
「分解!?」
それは困る。
このベルトは、今の俺にとって唯一の武器であり、希望でもあるんだ。
「待て。得体の知れない人間に、これを預けるわけには……」
アーシャが反対しようとするのを、俺は手で制した。
確かにこの教授は怪しい。
でも、彼が口にした「クロノス因子」や「異世界の技術」といった言葉……彼は、このベルトについて何かを知っている。
そして、その知識の深さは本物だと感じた。
「分かりました。お願いします、教授。このベルトの謎を解き明かしたいんです」
俺の決断に、アーシャは驚いた顔をしたが、何も言わなかった。
教授は「おお! そうかそうか! 任せておけ!」と子供のように目を輝かせ、俺からベルトを受け取ると、早速、作業台に置かれた奇妙な計測器のようなものへ向かっていった。
工房の奥へと消えていく教授の後ろ姿を見送りながら、俺は一抹の不安と、それ以上の大きな期待を感じていた。
この出会いが、俺の運命をどう変えるのだろうか……。