表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/22

第3話 初変身と村の救出

 『最後の英雄よ、目覚めよ』――。

 壁画の文字が、頭の中で反響する。


 外からは、断末魔のような村人の悲鳴と、地を揺るがすような魔物の咆哮が絶え間なく聞こえてくる。

 もう時間がない。


 腰のベルトが、まるで生きているかのように熱く脈打っている。

 恐怖はある。

 足だってまだ少し震えている。

 でも、それ以上に強い感情が、俺の胸を突き上げていた。


(守らなきゃ)


 理由は分からない。

 でも、そうしなければならないと、魂が叫んでいる気がした。

 俺は、この力を使うためにここに来たんだ、と。


 俺は意を決して、古びた神殿の扉を蹴破るように飛び出した。


 目の前に広がっていたのは、地獄のような光景だった。

 数体の異形の魔物が、怯える村人たちを広場の隅に追い詰めている。

 家は半壊し、あちこちで火の手が上がっていた。

 もう逃げ場はない。

 絶望が村人たちの顔に浮かんでいる。


「やめろぉっ!!」


 俺は、自分でも驚くほど大きな声で叫んでいた。

 魔物たちと村人たちの視線が一斉に俺に集まる。


 今しかない。

 俺は震える足を叱咤し、村人たちの前に立ちはだかった。

 深呼吸。

 頭の中に流れ込んできた知識を、体に染みついた憧れの動きを、今、一つにする。


 右手を高く掲げ、左手はベルトのバックルへ。

 特撮番組で何百回、いや何千回と見た、あのヒーローの変身ポーズ。

 鏡の前で練習した動きとは違う。

 これは、本物の――。


「変身っ!!」


 魂からの叫びと共に、ベルトのバックル中央にある青い宝石が閃光を放つ!

 眩い光が俺の全身を包み込み、凄まじいエネルギーが体を駆け巡る。

 熱い!

 骨がきしみ、筋肉が再構成されるような激痛が走る!

 でも、それと同時に、経験したことのないような全能感が意識を満たしていく!


 光の粒子が俺の体に収束し、銀と青の流線型の装甲を形作っていく。

 頭部にはシャープなデザインのヘルメットが現れ、視界が一変する。

 世界が、ほんの少しだけゆっくりと流れているように感じた。

 これが、英雄クロノスの力……!


 光が収まった時、俺はそこに立っていた。

 かつての高槻一翔ではなく、異世界の「英雄クロノス」として。


「グルォォォ!」


 魔物の一体が、俺の変化に気づき、威嚇するように咆哮を上げながら突進してくる。

 鋭い爪が、俺の顔面めがけて振り下ろされる!


(速い! けど……見える!)


 体が勝手に反応する。

 最小限の動きで爪をかわし、右ストレートを叩き込む。


 ゴッ! という鈍い手応え。

 魔物の巨体が、まるで紙屑のように吹き飛んだ。


「すげぇ……!」


 これが、俺の力……?

 高揚感が全身を駆け巡る。

 でも、感心している暇はない。

 残りの魔物たちが、一斉に俺に襲いかかってきた。


 次々と繰り出される攻撃を、強化された身体能力と、なぜか頭に浮かぶ戦闘知識(まるで特撮ヒーローの動きだ!)でさばいていく。

 パンチ、キック、回避。

 動きはぎこちないけれど、必死だった。


 しかし、戦いはテレビで見るほどカッコよくはなかった。

 魔物の爪が装甲を掠めるたびに、生身を抉られるような鋭い痛みが走る。

 パンチを繰り出すたびに、腕の骨が悲鳴を上げるような衝撃が返ってくる。

 息が上がり、心臓が破れそうだ。


(痛い……!  苦しい……!  ヒーローって、こんなに大変なのかよ……!)


 理想と現実のギャップに戸惑いながらも、俺は戦い続けた。

 背後には、怯えながらも俺を見守る村人たちがいる。

 彼らを、守らなきゃいけない。


 渾身の力を込めた右キックが、最後の一体の魔物の胴体にめり込む。

 断末魔の叫びを残し、魔物は霧の中へと消えていった。


 しん、と静寂が訪れる。

 残ったのは、荒い息遣いの俺と、呆然とこちらを見つめる村人たちだけだった。


「英雄様だ……!  本物の英雄様が、我々を救ってくださった!」


 やがて、一人の老人が震える声でそう言うと、堰を切ったように歓声が上がった。

 恐怖から解放された安堵と、英雄への感謝。

 その純粋な感情が、俺に向かって押し寄せてくる。


 その瞬間、全身を包んでいた装甲が光の粒子となって消え、俺は元の姿に戻っていた。


(やった……守れたんだ……!)


 初めて、自分の力で誰かを守れた。

 その達成感が、じわじわと胸に広がっていく。


 だが、それと同時に、凄まじい疲労感と全身の痛みが襲ってきた。

 立っているのがやっとで、俺はその場に膝をつき、ぜぇぜぇと荒い息を繰り返すしかなかった。


 これが、ヒーローであることの重さなのか。

 喜びと、そしてこれから始まるであろう過酷な現実の予感を胸に、俺は異世界の空を見上げた。


 ◇


 膝をついたまま、俺はアスファルトじゃない、土の地面の感触を手のひらで感じていた。

 全身が鉛のように重い。

 装甲が消えた途端、蓄積されていたダメージが一気に襲ってきた感じだ。

 

「英雄様!」

「ありがとうございます!」

「あなたが我らの救世主だ!」


 周りを取り囲んだ村人たちの歓声が、耳鳴りのように響く。

 彼らは興奮した様子で俺に駆け寄り、口々に感謝の言葉を述べてくれた。

 子供たちは目をキラキラさせて俺を見上げている。

 初めて誰かを守れた、その達成感は本物だ。

 じわじわと胸が熱くなる。


(ああ、俺、本当にヒーローになれたんだ……)


 差し出される手を借りて、なんとか立ち上がる。

 村人たちの熱狂に少し戸惑いながらも、俺は作り笑顔で応えようとした。


 その時、ふと、人垣の後ろの方で、一人だけ冷めた視線をこちらに向けている女性がいることに気づいた。


 年の頃は俺と同じくらいか、少し下だろうか。

 腰まで届きそうな長い銀髪を無造作に一つに束ね、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 切れ長の瞳は氷のように冷たく、俺の全身を値踏みするように観察していた。

 服装は動きやすそうな革鎧と金属の胸当てを組み合わせた軽装で、腰には鞘に収まった長剣を佩いている。

 傭兵か何かだろうか。

 その佇まいは、明らかにこの村の他の人々とは異質で、戦い慣れている者の空気を纏っていた。


 彼女は、俺が魔物を倒したことにも、村人たちの歓喜にも、まるで興味がないかのように、ただ静かに、そして鋭く俺を見つめていた。

 やがて村人たちの興奮も少し落ち着き、俺がようやく一息つこうとした時、その銀髪の女性がすっと人垣を分けて前に出てきた。


「おい、お前」


 低く、抑揚のない声だった。

 有無を言わせぬ響きがある。


「話がある。こっちへ来い」


 有無を言わせぬ口調でそう言うと、彼女は踵を返し、村はずれの、少し小高い丘の方へ歩き始めた。

 俺は戸惑いながらも、村人たちに軽く会釈して、その後を追った。


 丘の上に着くと、彼女は振り返り、改めて俺を頭のてっぺんからつま先まで見下ろすように観察した。

 その冷たい視線に、少し居心地の悪さを感じる。


「私はアーシャ。傭兵をやっている。お前は何者だ?」


 彼女はアーシャ、という名前らしい。

 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 

「えっと、俺は高槻一翔で……」

「なぜあんな目立つ真似をした?  死にたいのか?」


 アーシャの言葉は氷のように冷たい。

 さっきまでの村人たちの熱狂とは正反対だ。


「目立つって……ヒーローは人助けのために戦うんだから、隠れる必要なんて……」

「ヒーローだと?」


 アーシャは鼻で笑った。

 その表情には侮蔑の色さえ浮かんでいる。


「お前のような甘い考えの『ヒーローごっこ』が、どれだけ危険か分かっているのか?  あの戦い……もしマグナス帝国の斥候にでも見られていたらどうするつもりだった?  お前一人が死ぬだけならまだいい。この村ごと焼き払われていたかもしれないんだぞ!」


 マグナス帝国……?

 聞き慣れない名前に、俺は首を傾げる。


「マグナス帝国って……?」

「お前、本当に何も知らないんだな」


 アーシャは呆れたように溜息をついた。


「この世界ではな、『英雄』やそれに連なる『血脈』を持つ者は、徹底的に狩られているんだ。マグナス帝国が100年前から続けている『英雄浄化政策』によってな。お前のような派手な力を見せつければ、すぐに奴らに嗅ぎつけられる。そうなれば、お前も、この村も終わりだ」

「村も終わりって……なぜ村も?」


 俺の素朴な疑問に、アーシャはさらに冷たい視線を向けた。


「帝国は徹底している。英雄を匿った、あるいは英雄が出現したというだけで、見せしめや情報封鎖のために村ごと消し去ることもいとわない。それが奴らのやり方だ。英雄に関わったという痕跡ごとこの地上から消し去るんだよ」


 英雄狩り……?

 村ごと……?

 そんな……じゃあ、俺がやったことは、村を危険に晒しただけ……?


「でも、俺はただ、みんなを助けたくて……」

「助けたいなら、もっとやりようがあったはずだ。あんな芝居がかった戦い方……無駄な動きが多すぎる。完全に素人だ」


 芝居がかった……。

 その言葉が、俺の胸にグサリと突き刺さった。

 俺の憧れ、俺の全てを否定された気がした。


「あれは俺なりに考えて……!  そもそも、あんたに何が分かるんだ!」

「お前の戦いぶりを見れば分かるんだ。お前がただの自己満足で戦っていたことがな。本当に守りたいなら、もっと静かに、確実にやるべきだった」


 売り言葉に買い言葉。

 俺たちの間には、険悪な空気が流れる。

 理想を語る俺と、現実を突きつける彼女。

 全く噛み合わない。


 それでも……不思議とアーシャの言葉の奥にある、何か硬質な正しさのようなものは感じていた。

 彼女もまた、何かを守るために戦っているのかもしれない。

 そんな気がした。


 彼女も俺の反論を聞きながら、一瞬だけ、その氷のような瞳の奥に別の色が揺らめいたように見えた。

 だが、すぐにそれは消え、冷徹な表情に戻る。

 アーシャは俺に背を向けた。


「お前のせいで、この村が危険に晒されたのは事実だ。その責任は取ってもらう。お前がここを離れるまで、私が監視する。妙な真似はするなよ」


 それだけ言うと、アーシャは丘を下り、村の方へと戻っていった。

 風に銀髪が揺れている。


 俺は一人、丘の上に取り残された。

 異世界の厳しさ、そして自分の理想がここでは通用しないかもしれないという現実。

 ヒーローになれたと思った高揚感は急速に冷めていき、代わりに重い課題が目の前に突きつけられた気がした。


 あの銀髪の傭兵……アーシャ。

 彼女の言う通り、俺はこれからどうすればいいんだろうか……。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ