第14話 突然の襲撃
守り人たちとの訓練は、俺にとって大きな気づきを与えてくれた。
「特別な力」だけがヒーローを作るんじゃない。
地道な努力、仲間との連携、そして何より「守りたい」という意志。
その大切さを、改めて胸に刻んだ気がした。
風の谷への出発準備も着々と進み、俺たちの間には確かな一体感が生まれ始めていた。
その日、俺たちは訓練場からの帰り道、少し遠回りして活気のある大通りを歩いていた。
夕暮れ時のエレミアは、マナランプの柔らかな光が灯り始め、これから夜の街に繰り出す人々で賑わっている。
露店からは相変わらず美味そうな匂いが漂い、どこかの酒場からは陽気な音楽が聞こえてくる。
「いやー、今日の訓練もキツかったなー!」
ルークが伸びをしながら言う。
「でも、バルトスのおっちゃん、アニキのこと結構認めてるみたいだったぜ!」
「そうか? まあ、少しはマシになったと思われてるなら嬉しいけどな」
「油断するなよ、一翔。実戦は訓練とは違う」
隣を歩くアーシャが、いつものように冷静に釘を刺す。
そんな、いつもと変わらないはずの、平和な夕暮れの光景が――突如として、悪夢に変わった。
ドゴォォォンッ!!!
凄まじい爆発音が、街の数カ所から同時に響き渡った。
何事かと空を見上げると、建物の屋根から黒煙が上がっているのが見える。
「きゃあああっ!」
「なんだ!?」
「敵襲か!?」
一瞬の静寂の後、街は大混乱に陥った。
悲鳴を上げて逃げ惑う人々。
何が起こったのか分からず立ち尽くす人々。
そして――空から、 あるいは建物の影から、次々と現れる黒い影!
「シャドウナイツ……!」
俺は息を呑んだ。
黒い装甲に身を包んだ奴らが、まるで悪夢から飛び出してきたかのように、エレミアの街に降り立ったのだ。
しかも、数が尋常じゃない。
ざっと見ても二十人は超えている。
奴らは躊躇なく、逃げ惑う市民や、抵抗しようとする者たちに襲いかかり始めた。
街のあちこちで再び爆発が起こり、火の手が上がる。
「くそっ! こんな時に……!」
俺は即座に判断した。
「アーシャ、ルーク! 市民の避難誘導を頼む! 安全な場所へ!」
「分かっている! 行くぞ、ルーク!」
「う、うん! アニキも死ぬなよ!」
アーシャとルークは、俺の指示に頷くと、すぐさま人々を誘導し始めた。
俺は、シャドウナイツたちが集まっている広場の方へ向かって駆け出した。
「これ以上、好きにはさせない!」
ベルトを構え、精神を集中させる。
守り人たちとの訓練、アーシャとの修行、教授との研究……その全てを力に変える!
「変身っ!!」
青と銀の光が迸る。
英雄クロノスとして、俺はシャドウナイツの集団の前に立ちはだかった。
「来たか、英雄クロノス」
シャドウナイツたちが一斉にこちらを向く。
その仮面の奥の瞳には、何の感情も読み取れない。
「多勢に無勢だと思うなよ!」
俺は叫び、先手を取るべく突っ込んだ。
改良されたベルトのおかげで、力の制御は以前より格段に安定している。
アーシャに叩き込まれた体術と、守り人たちから学んだ連携の読み合いを駆使し、複数のシャドウナイツを相手に立ち回る。
だが、奴らの動きも組織的だった。
個々の実力もさることながら、その連携はまるで一つの生き物のように統率が取れている。
俺が一人を攻撃すれば、必ず別の方向からカバーが入り、反撃が飛んでくる。
市民を庇いながら戦うのは、想像以上に困難だった。
「くっ……!」
攻撃を捌ききれず、何度か装甲にダメージを受ける。
痛みと焦りが募る。
これが、本格的なシャドウナイツとの戦い……!
その時、戦場の空気が一変した。
周囲のシャドウナイツたちが、一斉に動きを止め、道を開けるように左右に分かれた。
そして、その奥から、ひときわ異様なプレッシャーを放つ存在が、ゆっくりと姿を現した。
漆黒の、禍々しくも洗練されたデザインの全身装甲。
他のメンバーとは明らかに違う、王者の風格を漂わせている。
背には、夜の闇そのものを切り取ったかのような、巨大なマントが翻っている。
顔を覆う仮面は、悪夢に出てくるような、歪んだ騎士の顔を模しているのだろうか。
その存在が発する圧倒的なオーラだけで、周囲の空気が凍りつくような感覚に陥る。
「……ようやく会えたな、英雄クロノス。我が名はナイトメア。シャドウナイツの首領だ」
その存在――ナイトメアは、地の底から響くような、それでいて妙に落ち着いた声で言った。
ナイトメアが、ゆっくりと右手を上げる。
その指先から、黒い稲妻のようなエネルギーが迸った。
「遊びは、もう終わりだ」
次の瞬間、俺は反応することすらできなかった。
黒いエネルギーがクロノスの装甲を貫き、凄まじい衝撃と共に俺の体を吹き飛ばす。
「ぐ……あああああっ!!」
地面に叩きつけられ、激痛で視界が霞む。
なんだ、今の力は……!?
他のシャドウナイツとは、次元が違う……!
恐怖で体が震える。
でも、ここで負けるわけにはいかない。
俺が倒れたら、この街は、人々は……!
俺は、砕けた装甲の痛みを押して、ゆっくりと立ち上がった。
ナイトメアの仮面の奥の瞳が、冷ややかに俺を見据えている。
(やるしかない……!)
これが、俺のヒーローとしての、本当の覚悟が試される時なんだ。
俺はベルトを握りしめ、目の前の絶対的な強者を、睨みつけた。
ここで引くわけにはいかない。
俺の後ろには、守るべき人々がいるんだ。
ナイトメアが、仮面の奥で面白そうに呟いた。
「……ほう。まだ立ち上がるか、英雄クロノス。その程度の力で、この私に抗おうと?」
奴が再び右手を上げた、その瞬間だった。
「一翔!」
「アニキ!」
アーシャとルークの声が響いた。
見ると、二人が市民の避難誘導を続けながらも、瓦礫の陰から援護射撃(アーシャは弓を、ルークは何か投擲武器を)を放っている!
さらに、周囲の建物からも、抵抗組織のメンバーたちが矢や魔法でシャドウナイツに応戦し始めた!
「ちっ……雑魚どもが」
ナイトメアは舌打ちし、俺から視線を外して周囲を見渡した。
彼の目的は俺だけだったのか、あるいは予想外の抵抗に興が削がれたのか。
「……まあいい。今日の余興はここまでにしておこう。次に会う時が、貴様の最期だ」
ナイトメアはそれだけ言うと、漆黒のマントをひるがえす。
そして他のシャドウナイツたちと共に、まるで闇に溶けるように姿を消していった。
嵐のような襲撃は、唐突に終わりを告げた。
後に残されたのは、破壊され、煙が立ち上るエレミアの街並みと、呆然とする人々。
そして……俺と仲間たちだった。
戦闘が終わっても、休む暇はなかった。
俺たちのアジトも、負傷者の手当てで数日間は大わらわだった。
俺自身も、ナイトメアの一撃で受けたダメージは深刻で、クロノスの装甲も一部が砕けてしまい、しばらくは絶対安静を言い渡された。
ベッドの上で、俺はナイトメアとの戦いを何度も反芻していた。
あれが、シャドウナイツの首領の実力……。
今の俺では、足元にも及ばない。
「……焦るな、一翔。お前はまだ成長途中だ」
見舞いに来てくれたアーシャが、優しい言葉をかけてくれたが、俺の心は晴れなかった。
強くなりたい。
もっと……大切なものを守れるだけの力が欲しい。
そんな焦りが募る中、アジトにカリナが血相を変えて飛び込んできた。
「大変よ! 緊急情報!」
彼女が広げた羊皮紙には、傍受したという帝国の最新の密令が記されていた。
「シャドウナイツの次の大規模な標的……ほぼ間違いなく、アーシャの故郷、『風の谷』よ!」
カリナの言葉に、部屋の空気が凍りついた。
俺は隣にいたアーシャを見る。
彼女は顔面蒼白になり、わなわなと拳を握りしめていた。
「そんな……」
彼女の声は、か細く震えていた。
以前、彼女が語ってくれた家族の悲劇。
そして、彼女が距離を置いていたとはいえ、かけがえのない故郷。
それが今、シャドウナイツの脅威に晒されている……!
「……行かなければ」
アーシャは、絞り出すように言った。
その瞳には、恐怖と、それを上回る強い決意の色が宿っていた。
俺に迷いはなかった。
「もちろんだ、アーシャ。一緒に行こう。エレミアのことも心配だけど、今は風の谷が優先だ!」
俺は力強く言い切った。
ナイトメアとの戦いを経て、俺の中で何かが変わった気がする。
本当に大切な仲間を、その故郷を、今度こそ俺が守るんだ。
その覚悟は、もう揺るがない。
「俺も行くぜ、アニキ!」
ルークも即座に立ち上がった。
その目には、不安よりも強い意志が宿っている。
教授は腕を組んで頷いた。
「わしはエレミアに残って、後方支援と情報収集を続けよう。道中の連絡手段は確保する。くれぐれも気をつけるんじゃぞ」
「私も情報でバックアップするわ。風の谷までの安全なルート、それにシャドウナイツの動向……できる限りのことはするから」
カリナも力強く約束してくれた。
話はすぐにまとまった。
俺とアーシャ、そしてルークの三人で、風の谷へ向かう。
エレミアに残る教授やカリナ、そして抵抗組織の仲間たちに後を託し、俺たちは急いで旅の準備を始めた。
武器や装備の点検。
クロノスベルトも、教授が応急処置と調整をしてくれた。
食料、薬、そしてカリナが用意してくれた最新の地図。
アーシャが先導役となり、エレミアから風の谷までの険しい道のりについて説明してくれた。
七王国連合の辺境に位置し、帝国の支配も完全には及んでいないが、それゆえに無法地帯も多く、魔物や盗賊の危険も高いという。
数時間後、俺たちは旅支度を整え、アジトの仲間たちに見送られながら、エレミアの東門へと向かった。
まだ戦闘の爪痕が生々しく残る街並みを抜け、巨大な門をくぐる。
門の外には、荒涼とした大地と、遠くに霞む山々が広がっていた。
ここから先は、エレミアのような「自由」も「安全」も保証されない、本当の辺境だ。
俺は振り返り、エレミアの街を見た。
短い間だったけど、多くの出会いと経験があった場所。
必ず、また戻ってくる。
その思いを胸に、俺は前を向いた。
隣には、覚悟を決めた表情のアーシャと、不安と期待を胸に目を輝かせるルークがいる。
「行くぞ!」
俺の掛け声に、二人は力強く頷いた。
見世物じゃない。
誰かに評価されるためでもない。
ただ、守りたいもののために戦う。
俺の、英雄としての本当の戦いが、今、始まるんだ。
俺たちは、風の谷へと続く、長く険しい道を、力強く踏み出した。