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第10話 シャドウナイツとの初遭遇

 獣人区での一件は、俺の心に重いものを残した。

 ヒーローの力だけじゃどうにもならない現実。

 自分の無力さ。

 

 それでも、落ち込んでばかりもいられない。

 アーシャやルーク、そして教授も、それぞれのやり方で俺を気遣ってくれた。

 俺は少しずつ前を向き、ベルトの制御訓練や、抵抗組織の情報収集の手伝いを再開していた。


 その日は、気分転換も兼ねて、三人でエレミアで一番大きいと言われる中央市場へ買い出しに来ていた。

 活気のある市場は、歩いているだけでも楽しい。

 色とりどりの野菜や果物、見たこともない干物、怪しげな薬草を売る店、陽気な音楽を奏でる楽団……。

 様々な匂いと音と色彩が溢れていて、異世界に来たんだという実感が改めて湧いてくる。


「お、カズトのアニキ!  あれ見てみろよ!  グリフォン印の焼き串だって!  めっちゃ美味いんだぜ!」

「こらルーク、はしゃぐな。周りをよく見ろと言っているだろう」


 ルークが無邪気に露店を指さし、アーシャが呆れたように注意する。

 そんな二人のやり取りに、俺も思わず苦笑した。

 少しずつだけど、俺たちはチームとして形になってきているのかもしれない。


 そんな和やかな空気が、突如として凍りついた。


「きゃあああああっ!!」


 甲高い悲鳴が、市場の喧騒を切り裂いた。

 何事かと視線を向けると、広場の中央付近で、人々がパニックになって逃げ惑っている。

 その中心に――黒い影があった。


 一つじゃない。五……いや、六人か?

 全身を黒い、体にぴったりとフィットした装甲のようなもので覆い、顔は不気味な仮面で隠されている。

 その姿は、先日ルークから聞いた「シャドウナイツ」の特徴と完全に一致していた。

 奴らが、白昼堂々、こんな市場の真ん中に現れたっていうのか!?


 シャドウナイツは一切の躊躇なく、逃げ惑う市民たちに襲いかかっていた。

 彼らの動きは驚くほど素早く、そして正確無比だった。

 手にした黒い剣のような武器が一閃するたび、露店が破壊され、悲鳴が上がる。

 目的は何だ?

 無差別テロか?


「くそっ……!」


 獣人区での無力感が頭をよぎる。

 でも、今度こそ……!

 目の前で人が傷つけられているのを見過ごすわけにはいかない!


「アーシャ、ルーク!  市民の避難を!」


 俺は二人に指示を出すと同時に、ベルトに手をかけた。

 躊躇いは、もうない。


「変身っ!!」


 青と銀の光が俺を包む。

 英雄クロノスとして、俺はシャドウナイツの前に立ちはだかった。


「お前たちの相手は、この俺だ!」


 俺の登場に、シャドウナイツたちの動きが一瞬止まる。

 仮面の奥から、冷たい視線が突き刺さるのを感じた。


「英雄クロノスか。噂通りの派手な登場だな」


 シャドウナイツの一人、おそらくリーダー格なのだろう。

 他の者より少し装飾の多い黒い装甲を纏った男が、感情のこもらない声で言った。


 次の瞬間、シャドウナイツたちは一斉に動いた。

 彼らもまた、俺と同じように変身を遂げる。

 ただし、その姿は俺のクロノスとは対照的に、黒を基調とした禍々しいデザインの装甲だった。

 まるで、光に対する影のように。


「行くぞ!」


 リーダー格の号令と共に、五人のシャドウナイツが襲いかかってきた。

 速い!

 魔物とは比べ物にならないスピードと、洗練された動き。

 しかも、彼らの連携は完璧だった。

 一人が攻撃を仕掛け、俺がそれを防ぐと、死角から別の二人が同時に攻撃してくる。


「ぐっ……!」


 俺は必死に応戦する。

 教授との訓練の成果か、以前よりは体の動かし方や力の制御がマシになっているはずだ。

 だが、相手はそれ以上だった。

 俺のパンチは軽くいなされ、キックは的確にガードされる。

 逆に、彼らの黒い剣による斬撃や、手から放たれる暗黒エネルギーのような攻撃が、クロノスの装甲を容赦なく削っていく。


 ガンッ! ズガッ!


 衝撃と痛みが全身を襲う。

 装甲のあちこちから火花が散り、ひびが入っていくのが分かった。


(強い……!  こいつら、本当に強い!)


 これが、偽りのベルトの力なのか?

 いや、それだけじゃない。

 彼らの動きには、迷いが一切ない。

 ただ効率的に、冷徹に、俺を破壊しようとしている。


「うおおおおっ!」


 俺は力の限り叫び、時間歪曲の能力を発動させようとした。

 周囲の時間を遅くすれば……!


「無駄だ」


 リーダー格のシャドウナイツが、俺の意図を読んだかのように呟いた。

 彼が右手をかざすと、俺の周囲に黒い波動のようなものが広がり、時間歪曲の力がかき消される!


(なっ!?  時間操作を……防いだ!?)


 驚愕する俺の隙を突き、別のシャドウナイツの強烈な蹴りが脇腹に叩き込まれた。


「がはっ……!」


 息が詰まり、視界が揺らぐ。

 地面に叩きつけられ、受け身も取れずに転がった。

 装甲が砕ける嫌な音が響く。

 変身が……解けそうだ……!


「終わりか……思ったより脆かったな、英雄クロノス」


 リーダー格が、冷たく言い放つ。

 他のシャドウナイツたちが、俺にとどめを刺そうと近づいてくる。


(くそ……!  ここまで、なのか……!?)


 特撮ヒーローは、こんな風には負けない。

 絶対に逆転するはずだ。なのに……!


「アニキーーーッ!」


 ルークの叫び声が聞こえた。

 次の瞬間、バンッ! という音と共に、俺の周囲に白い煙が立ち込める。

 煙幕弾だ!


「一翔!  こっちだ、早く!」


 アーシャの声。

 煙の中で、誰かに腕を強く引かれる感覚。

 必死に体を動かし、引きずられるようにしてその場から離脱する。

 背後からはシャドウナイツたちの追ってくる気配はない。

 彼らは、俺たちを深追いするつもりはないのか、それとも……。


 どれだけ走ったか分からない。

 気づいた時には、俺はアジトのベッドの上に寝かされていた。

 全身が悲鳴を上げ、意識が朦朧としている。


(負けた……完敗だ……)


 初めて味わう、完全な敗北。

 シャドウナイツの圧倒的な力。

 そして、自分の無力さ。


『ヒーローは必ず勝つ』、そんなのは、やっぱりただの幻想だったんだ。


 激しい痛みと、それ以上の深い絶望感に襲われながら、俺は再び意識を手放した。


 ◇


 全身を鈍い痛みが支配する中、俺はゆっくりと意識を取り戻した。

 うっすらと目を開けると、見慣れない木目模様の天井が見える。

 ここは……アジトの医務室か、それとも宿の部屋か……?

 消毒薬と、何か薬草のような独特の匂いが鼻をついた。


「……ん……」


 体を起こそうとしたが、全身に激痛が走り、思わず呻き声が漏れる。

 どうやら俺は、ベッドに寝かされているらしい。

 体中に包帯が巻かれているのが、服の上からでも分かった。


「……気がついたか」


 不意に、すぐそばから声がした。

 視線を向けると、ベッドの脇に置かれた簡素な木の椅子に、アーシャが座っていた。

 

 彼女は普段身に着けている軽鎧を脱ぎ、動きやすそうなシャツとズボンというラフな格好をしていた。

 手には濡れた布を持っていて、どうやら俺の額を冷やしてくれていたらしい。

 その横顔は、普段の氷のような冷徹さは少し影を潜め、代わりに深い疲労と、ほんの少しの心配の色が浮かんでいるように見えた。


「アーシャ……俺……」


 シャドウナイツとの戦い。

 圧倒的な力の差。

 そして、完敗……。

 断片的な記憶が蘇り、俺は再び深い絶望感に襲われた。


「俺……負けたんだ……。何もできなかった……。ヒーロー失格だ……」


 情けない声が出た。涙がじわりと滲む。


「馬鹿を言うな」


 アーシャは、俺の額の布を替えながら、厳しい口調で言った。


「生きているだけマシだと思え。あの状況で、よく五体満足で戻ってこれたものだ」

「でも……!」

「『でも』じゃない。負けたのなら、次は勝てばいい。違うか?」


 彼女の言葉はぶっきらぼうだが、不思議と心に響いた。

 そうだ、俺はまだ生きている。

 諦めるのは早い。


 アーシャは新しい包帯を取り出し、手際よく俺の腕の傷の手当てを始めた。

 その手つきは驚くほど優しく、丁寧だった。


「……しかし、無茶をしすぎだ。その力……お前の体に相当負担をかけているんだろう?」


 彼女は俺の目を見ずに、ポツリと言った。


「変身の後、体が酷く消耗している。魔力の流れも乱れているし、内臓にもかなりの負担がかかっているようだ。このまま使い続ければ……いずれお前の体を蝕むことになるぞ」


 アーシャは、まるで自分に言い聞かせるように続けた。


「この世界には、『英雄病』という言葉がある。力を使い続けた英雄たちが、若くして命を落としていく病だ。お前も……他人事ではないかもしれん」


 英雄病……。

 寿命が縮む、というやつか……。

 やはり、この力にはそれだけの代償があるんだ。

 俺はゴクリと唾を飲んだ。


「……アーシャは、詳しいんだな。そういうことに」

「……まあな。昔、少しだけ……」


 彼女は言葉を濁し、手当てを続ける。

 その横顔に、またあの深い悲しみの影がよぎった気がした。

 彼女もまた、この力や、それに伴う悲劇と無関係ではないのだろう。

 普段は決して見せない彼女の弱さのようなものに触れた気がして、俺たちの間に奇妙な連帯感が生まれたように感じた。


 俺は、自分の未熟さを、力の代償を、そしてこの世界の厳しさを改めて痛感した。

 でも、同時に、腹の底から熱いものがこみ上げてくるのも感じていた。


「……それでも、俺は諦めない」


 俺は、まだ痛む体を叱咤して、ベッドの上で半身を起こした。


「もっと強くならなきゃいけないんだ。この力も、ちゃんと制御できるようにならなきゃ……。それに、力だけじゃない。この世界で、本当に誰かを守れるようになるために……!」


 俺は、目の前のアーシャに向かって、深く頭を下げた。


「アーシャ!  俺に、戦い方を教えてくれ!  あんたが知ってる、この世界で生き抜くための、本当の戦い方を!」


 俺の突然の言葉に、アーシャは驚いたように目を見開いた。

 しばらく黙って俺の顔を見つめていたが、やがて、ふっと息を吐き、呆れたような、それでいて少しだけ楽しそうな、複雑な笑みを浮かべた。


「……仕方ないな。そこまで言うなら、付き合ってやる」


 彼女は立ち上がり、腕を組んで俺を見下ろした。

 その瞳には、いつもの冷たさとは違う、指導者としての厳しい光が宿っていた。


「ただし、手加減はしない。死なない程度にしごいてやるから、覚悟しておけよ、一翔」

「 ああ、望むところだ!」


 厳しい修行が始まるだろう。

 でも、不思議と不安はなかった。

 アーシャとなら、きっと乗り越えられる。

 そんな予感がした。


 ちょうどその時、部屋の扉がそっと開き、ルークが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 俺たちの様子を見て、彼はぱあっと顔を輝かせた。


「アニキ!  目が覚めたんだな! よかったー!」


 敗北から始まる、俺の本当の戦いが、今、始まろうとしていた。

 

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