29あのばかいましたよ(最終話)
それから年が過ぎシルベスタとナイルは無事に卒業式を終えた。
そしていよいよアルロード国での二人の結婚式が開かれる。
ナイルは王位継承権は放棄して侯爵となる予定だが、やはり結婚は王族として花道を飾ってほしいとの国王の希望でアルロード国の大教会で式を挙げることになった。
それも卒業式が終わってすぐに。だからレストランとロールロールは人に任せることにした。
そのためナイルとシルベスタは卒業式が終わると翌日にはアルロード国に向けて出発した。
アルロードまで馬車で3日はかかる。
ナイルはアルロード国の王族の正装をしていた。
濃い碧色の正装に銀色のマント姿だ。
シルベスタもそれに合わせたシルクとレースたっぷりの紫色と碧色の美しいドレス姿だった。
ふたりの乗った馬車はアルロード国からの迎えの馬車で金や銀がふんだんに使われた豪華な馬車だった。
王都を出るまでは街道の見送りの人たちに手を振ってこたえるのに疲れた。
そしてふたりはやっと落ち着いて会話を始めた。
「やっとですね」ナイルはシルベスタの手をそっと握る。
「ええ、緊張します。それにこのドレス「すごくきれいです。ベスよく似合っていますよ」…ありがとう」(この頃ナイルはシルベスタの事をベスと呼ぶようになっていた)
「それにしてもフェリオはどうしたかしら?」
フェリオは娼館で女性に暴力をふるって騎士隊に逮捕されその後騎士隊に入って近衛兵になったらしいと噂が流れた。
そして近衛兵になってもあのうぬぼれぶりを発揮して王宮の侍女はもちろん王女までも自分の事を好いていると思い込んで王女を口説いたらしい。
それがもとで近衛兵はくびになった。
その後また学園で見知った女の子に声をかけては気味悪がられ、シルベスタにも何度かつきまとって来た。
フェリオの「もう一度やり直そう」は有名であの男には関わるなと学園長命令が出るほどフェリオはうざったい男になっていた。
だが、ここ最近はすっかり姿を現さなくなっていた。
そんなことがあったのでついフェリオがどこかから出てくる気がしてしまうのだ。
「僕がいるのにあいつの心配ですか?」
ナイルの顔がむっとして機嫌が悪くなる。
「ううん、なんとなく。私たちの結婚を知ったら何か仕掛けて来るんじゃないかって心配になったのよ」
「ええ、王都での仕事は無理でしょうね」
「どうするんでしょうね?お父様は財務大臣だったけどあれではどこに行くにも無理よね」
(あんなに鬱陶しかったフェリオだが行く末を考えると少し可哀想にも思えるなんて…)
「ええ、そうかもしれませんね…」
シルベスタはナイルが顔を外に向けて気を反らしていることに気づいた。
(私ったら…ナイルに心配させるなんて)
「ああナイル。それよりしばらくはアルロードで暮らすんですよね?」
シルベスタはナイルの腕にもたれた。
すぐにナイルが微笑んで顔をシルベスタに向ける。
「ええ、ベスにも国のあちこちを知ってもらおうかと思っていますから、これからアルロード国の売り出しをするためにもベスには色々な特産品をみつけてもらわなくてはいけませんからね」
嬉しそうにこれからの予定を話すナイルの瞳が湖水に光が乱反射したようにキラキラ輝く。
シルベスタの胸はいつもそんな彼の瞳にきゅんとなってしまう。
「ねぇナイル。楽しそうに話をするあなたに私の胸がキュンてなる事知ってる?」
ナイルが一瞬ぽかんとした。
「ベス。それは僕の方ですよ。僕が君を見るたび触れるたびどれほど胸がときめいているか…」
ナイルはシルベスタの手を掴むと自分の胸にその手を押し当てた。
「ほんと。すごくドクドクしてますね」
「いけませんね。ほんとに結婚式まで我慢できなくなりますから…今はキスだけで我慢するしかありませんが、今夜は覚悟して下さい」
そう言うとナイルが熱い口づけをして来た。
しばらくふたりの会話が途切れたのは言うまでもない。
そうやって馬車の旅を楽しみながら途中の街道ではふたりの姿を一目見ようと多くの人が手を振ってくれた。ふたりもそれに応えた。
そしてカエルム国の国境付近では国境警備騎士隊がふたりの馬車を警護、見送りの為に隊列を組んで待っていた。
シルベスタとナイルは馬車から手を振る。
「あれ?」
「どうしましたベス」
シルベスタは見覚えのある顔を指さした。
騎士隊服を着たフェリオが他の騎士達に羽交い絞めにされて叫んでいる。
「シルベスタ~俺が悪かった。帰ってきてくれ。俺は君を愛してるんだ。君も俺の事愛してただろう?あんな奴と結婚なんてばかな事はやめろ!さあ、今すぐ俺の元に…%$#&%$」
「あのばかいましたよ」
「ええ、また例の病気でも出たんでしょう」
「そうでしょうね。きっと、ここでべスに愛してるんだとでも言えば振り向いてもらえるとでも妄想したんでしょう…あのばか」
「ええ、ほんとに…」
「放っておきましょう。今度こそ騎士隊がちゃんと始末してくれます」
「そうでしょうね。だってアルロード国王子なんですよナイルは」
「ええ、きっと国家反逆罪か何かで牢獄行きですね」
「これでやっと安心出来るわ」
「ええ、そうですね。まあ、何があってもべスを渡す気はありませんから」
ナイルがクックッと笑ってシルベスタを抱き寄せた。
彼の髪が頬に触れて耳朶を食まれると甘やかな幸せに包まれた。
アルロード国の大聖堂でふたりは親族に囲まれて幸せいっぱいの結婚式をした。
その後アルロード国内を巡り色々な食べ物や工芸品やガラス細工、陶芸、そして宝石など数々の商品を世界中に広めた。
そして数年後にはアルロードの工芸品や宝石は希少価値のある品物となり大いにアルロード国を潤すことになって行った。
それを一手に担ったのがにオリヴィエ商会とナイルが立ち上げたべスロード商会だったのは言うまでもない。
それにロールロール2号店はアルロード国にも出店して大人気になった。
~おわり~
~追伸~
フェリオは辺境の牢に入ってもまだ叫んでいた。
「アルロード国のナイル王子の妻シルベスタはほんとは俺が好きなんだ。でも、相手は一国の王子だろう。だから彼女の意志ではどうすることも出来なかったんだ。ほんと。可哀想だろう。シルベスタは俺が好きなのに…なぁじいさん、俺は決死の覚悟で彼女を救おうとしたんだ。それなのにこれはひどすぎるんじゃないのか?」
牢番の爺さんは食事を運んできただけだった。
「あんた相当いかれとるぞ。わしもさっき食べたもんもわからんほどじゃがいかれてはおらんぞ」
「爺さん。俺はいかれてなんかいない。これは事実なんだ!」
「もう黙れ!うるさいぞ!食事は置いたからな。わしの用は済んだ」
「爺さん。待て。また俺ひとりになってしまうだろ。なぁ、話を聞けって…」
辺境の独房。フェリオの声はむなしく響いた。




