第七話 で、何者なんだよお前は
奥深い森の、夜更け。
月明かりが照らし出す森林は、まさに絵本の中の景色そのものと言っても差し支えないだろう。
無事に盗賊狼の群れから逃げ切った勇者パーティーは洞窟前でテントを張り、キャンプをしていた。
念のため、かわるがわる見張りをして。今はリントが担当中。
カンテラが灯る、ほんの少し明るいテント内。
ガーベルとマルティーズは緑色の道具袋をまじまじと見つめていた。
「で、何者なんだよお前は」
「えっと……幻麗灯大学二年、経済学部、経済学科の小鳥遊有希っていいます。本日はよろしくお願いします」
「なに言ってんのかサッパリわかんないんですけど、この袋……人?」
しまった。なんとなく就活っぽい自己紹介になってしまった。
「あの、ユキでお願いします。はい」
謎に丁寧語。年上なはずなのにね。なんかかしこまっちゃうな。
「名も聞くべきだが……そうじゃない」
「えっ」
ガーベルが神妙な顔をする。そしてこう言った。
「質問を変える。お前の目的はなんだ?」
獲物を狙うような目。回答を間違えればすぐにでも攻撃されるだろう。
わたしは萎縮して黙りこくる。怖すぎるよ。
「ねぇガーベル。なんかこの子そんなに悪い奴でなさそうじゃない?」
「……そうかもな。おい、取って食ったりしないからゆっくり話せ」
「はい」
そうして、わたしの転生したまでのいきさつを全て話した。
コンビニでアルバイトをしていること。テレビに吸い込まれたこと。そして、ぐうたら女神に魔王討伐を命じられて、道具袋に転生させられたこと。
あれ、なんか余計なことまで言ってるような。まぁいいか。
「……よく分からない概念もいくつかあったが、大体は理解した。その上で、だ。念の為にもう一つ聞きたいことがある」
「はい、なんなりと」
「なんで素直に俺達に協力する? 黙ってついてくることだって出来たはずだ」
わたしはちょっとだけ間を置いてから、話し出した。
「それは……みんながいい人で、困ってそうだったから、かな」
少し恥ずかしいけど、続ける。
「会話とか聞いててだいぶ人柄は分かったし、凄い困ってそうだったからさ。頼りない自分だけど、ほんの少しでも助けになりたいなって思った。女神様の命令とかそういうの、あんまり関係ないかな」
視線を逸らしてしまう。顔から火が出そうだ。あぁ、余計なお世話だったかな。キモがられてたらどうしよう。
ちらり、と二人の方を見やると。
銀髪の少年と、金髪の少女が微笑んでいた。
「俺はガーベル。さっきは悪かったな。訳あって少し過敏になってたんだ」
「アタシはマルティーズ! この世界で最強の黒魔導士よ! よろしく!」
「……はい、よろしくお願いします」
ああ、良かった。途中までビビり散らかしてたけど、ホッとした。
みんな、これからよろしくね。
「アタシたちはね、ここのグラヴィダ洞窟に『マグネティック鉱石』を採りにきたのよ!」
「そう。無限の質量を秘めてるっていう鉱石だな」
「へー! なんか凄そうですね!」
さらっと!
しかし、やっとだ。やっと、どこでなにするかを聞けた。しかし小学生並の感想をしてしまったな。
なんかあるだろ。もっと。
えーっと……そう!
「なんでその鉱石が必要なんですか?」
『………………』
その質問を前に、二人が俯いたままになってしまった。
ヤバい! デリケートな内容だったのかな? ああっ、ごめん! 嫌いにならないで!
「それは、だな」
ガーベル君が、ゆっくりと口を開こうとした。同時。
「次、ガーベルの番だよ!」
リントがにこやかに、テントへ入ってきた。
「……あれ、もしかしてこの雰囲気って、邪魔しちゃったかな?」
「いや、いい。アレを話してやってくれ」
勇者と狩人の目配せ。
「分かった」
「手短にな。そろそろ就寝時間だ」
ガーベルがテントの外へ。ちょうどいい切り株に腰掛けた。
そしてテント内。
入れ替わりで入ってきたリントがすっとかがんで、緑色の道具袋と目線を合わせる。
柔らかな口調で話し出した。
「あのね」
「はい」
どんな理由で鉱石を採りにきたんだろう。
「僕たちはね」
「うん」
きっと、途轍もなく重要な――。
「『マイモン』っていうゲームが大好きなんだ!」
『……え?』
わたしとマルティーズちゃんは、あっけらかんとした言葉を発する。
まぁ、変態勇者はここまでずっと見張りしてたから仕方ないけどさ。
流石にあれは談笑しろってことではないでしょ! 天然なの!? 天然なのか!?
「マイ・アタッチメント・モンスターの略だよ! いやー、これがめちゃくちゃ面白くてさぁ」
リントは懐から横持ちのゲーム機らしきものを取り出す。
あれ、テラスペラズにもそういう文明あるんだ? 最高じゃん! でもわたしの世界では少し古めのものだね。連絡手段とかは別にあるかな?
……てか手が無いからプレイ出来ないんだ。普通にめっちゃ悲しくなった。
「リント、その話じゃなくて――」
「ちなみにマルティーズよりプレイヤーランクは高いよ」
「あ、言ったわね」
この発言で、マルティーズちゃんにも火が付いてしまう。彼女は勢いよく立ち上がった。
「今からアタシと対戦しなさい。ボコボコにしてあげるわ」
「いいよ。負けないからね」
マルティーズちゃんが香ばしい匂いのクッキーやアンティーク調のティーセットまで準備し始めた。もう歯止めはきかないだろうな。
私にも止められない。だってお茶会なんて楽しいに決まってるよ。
……てかどうやって食べよう。吸い込んでみるとか?
スポ。クッキーを口(道具袋)の中へ。
ズズッ。続けて紅茶を口へ含む。
吸引パワーの変わらぬ、ただ一つの道具袋。
「お、美味しい……!」
なんと、普通の人のように食事が出来た。味覚もあるぞ。最高。
甘くてサクサクなクッキーを、高貴で香り高い紅茶が包み込んでいる。どこかの名家のものみたいだ。
「ユキ、そうやって食事するんだ」
「中身大丈夫なんでしょうね? 色々入ってるんだから、頼むわよ」
「あっ……後で確認します」
しかし結局、なんのために鉱石をとりにきたのかをききそびれてしまった。掘り返す空気でもなくなってしまう。
まぁいいか。とりあえずそのマグネティック鉱石とやらを採りにいこう。
それと……若干の夜更かしでガーベル君に怒られるところまでが、いつものくだりらしい。トホホ。