第六話 今のわたしに、できること
勇者たちは、盗賊狼たちに取り囲まれている。抜け出すには一体どうすればいいのか……。
道具袋である小鳥遊有希は不安になっていたが、どうやらこういう時の『逃げ』の算段は立っていたらしい。
「マルティーズ」
勇者が、黒魔導士の女性を呼んだ。合図だろうか。
彼女の目に、焔色の情熱が灯る。美しい金髪をなびかせて。
「真っ直ぐ行くから。『固有技術・熱波招来』」
正面に向かって高熱の突風が発生。たちまち狼男が道を開ける。こちらまで届く余波で熱いと感じるほどなので、直撃はひとたまりもないのだろう。
「走れ!」
マルティーズが叫ぶ。同時、全員で直線を駆け抜けた。
「ふざけるな! どうせ貴様等も報酬金目当てだろう!? 我々の……いや、他者の生きる道を考えたことはないのか!?」
先程、リントの一撃を喰らって倒れた狼男が糾弾する。
「それは君たちも同じじゃないかな」
「なんだと!?」
「僕たちは、報酬金目当てではないよ。信じてくれるなら止まって話を――」
「噓を吐くなよ、人間ども……! 同志よ、そいつらを逃がしてはならん! 必ず仕留めろ!」
「……仕方ないか」
なんだろう。気になるワードばかりだ。アレとか、報酬金とか。
今考えても仕方ない。とりあえず逃げることに専念しよう。わたしにできることはないけど。
…………できることはない?
本当にそれでいいのか?
なんか悔しいよ。みんなは色んな固有技術を使って活躍してさ。なんかカッコイイよね。憧れちゃうよ。
折角、品出しくらいしかまともにできないアルバイターから転生したのに。見てるだけでいいのか?
ギィンッ……!
再びの金属音。正面から襲う鉤爪をリントが剣で受け止めた。
「グルルゥ」
狼男が勢い良く弾き返される。
「もう追いついたのか……!」
「くそっ、これだけ至近距離じゃもう打つ手ねぇぞ」
「アタシたちは絶対に負けない。なんとかするのよ」
背後を取られぬよう、リント、ガーベル、マルティーズの三者が背中合わせに。
表情から、雰囲気から分かる。
ジリ貧というやつだ。
しかし一手。なんらかの一手さえあれば切り抜けられる。そんな状態。
……わたし、小鳥遊有希はというと。
固有技術!
しかしなにもおきなかった。
懸命に踏ん張って、固有技術とやらを使えるようにもがいていた。
転生したんだから、なんかすごいことできるはずだろ!
もっかいやってみる! 固有技術!
しかし、なにもおきなかった。
畜生! なんでなんにもできないんだ! こんなに頑張ってるのに!
固有技術!
しかし、なにもおきなかった。
嫌でも転生前のことを思い出す。
アルバイトしててもそうだった。頑張っても頑張ってもなんにもできなくて。みんなは仕事をすぐに覚えて先に行く。置いて行かれる。
ついには無能のレッテルを貼られた。
固有技術!
しかし、なにもおきなかった。
いや、もういいんじゃないか? 転生しても、こんなもんだ。十分頑張っただろう。
………………。
なんだろう。どこか諦めきれない。
冷静に、なれ。今諦めたらどうなる? もうわたしだけの問題じゃないだろう。
そう。
パーティーが、全滅してしまう。
なんかそれだけは嫌かな。
――僕たちは報酬金目当てではないよ
――離れるなよ。全員で生きて帰るんだからな
――アタシたちは絶対に負けない。なんとかするのよ
まだわかんないけど、みんないい人そうだからさ。助けたいよ。
……考える。今のわたしに、できること。
道具袋なら、なにができる? みんなのように、もっと具体的にイメージするんだ。最初は簡単なことでいい。それでいいんだ! 考えろ。考えろ、考えろっ――!
モノを出すことなら誰よりも自信のある、わたしなら……!
「『固有技術・排出』!!!」
『えっ?』
声が、出た。パーティーのみんなが驚いている。しかも固有技術も使えてアイテムを出せた。なんなら今持ってる物を把握できるぞ。薬草とか、魔力の水とかが入ってる。形も把握できる。
おまけに、少しなら動ける。
『成長』したんだ……!
だが感動に浸っている暇はない。
出したモノは……煙幕弾だ。 これなら……!
「説明は後! みんな、これが炸裂したらもう一度真っ直ぐ駆け抜けて!」
ボウッ。
紫色の煙幕が、広範囲に発生した。
一斉に三人が走り出す。
煙を抜けた追手は……盗賊狼が一人。
想定内。ゲームでも状態異常にかからないやつは一体くらいいる。
しかし。
この距離で単体。ならば彼が一番、光るだろう。
「ガーベル君! 弓を!」
「任せろ」
卓越した集中力をもつ、銀髪の狩人。
彼が一瞬だけ立ち止まる。
鷹さながらの鋭い双眸で、標的を視る。そして弓を番えた。
「『固有技術・能鷹一矢」
飛ぶ鳥を落とす勢いの矢が、放たれる。もはや残像すらない。
それが狼男の引き締まった脚を穿つ。たちまち転倒、というより吹き飛んだという表現が近い。
そのまま勇者パーティーは森の奥へ。
無事に盗賊狼の群れから逃げおおせたのだった。