第五話 鮮烈な光景
やがて、勇者一行は鬱蒼とした森に入った。木漏れ日が本当に心地いい。キャンプでもしたいくらいだ。
ここに来るまで、ずっと草原を歩いていた。動物と戯れたりもした。
この世界がどうなってるかなんて分からないけど、もしかしてかなり平和なのかな。魔王がどうとか、あんまり大したことない?
だが、またしてもカサカサと草むらが鳴る。
今度こそ魔物か――!?
「ホホーウ」
「あっ、アートバード! 相変わらず物凄い擬態能力ね。このアタシですら微妙に見分けがつかないわ」
マルティーズちゃんが指さす生物は梟のような鳥だった。
カメレオンみたいに高度な擬態をしている。
「そうだね。しかも、あの鳥の擬態はどういう仕組みか、未だに解明されてないらしいよ。ずっと僕も気になってるんだけどさ」
「ふーん、そうなんだ。アタシも気になるわ」
「諸説はあるが、大気中の魔力を変換してるらしいぞ」
『へー』
おっ、気になる情報だ。魔力って大気中にあるんだな。さすが異世界。
呼吸してるけど、魔力って吸っても身体に影響ないのかな。是非とも詳しく聞きたい。
「うーん、にしてもお腹へったわね。ガーベル、あの赤いキノコって食べれたっけ?」
マルティーズちゃんが指さすのは、明らかに食べたらヤバそうなキノコ。
絶対に「道具袋に入れよう」とか言わないでね。頼むから。
「あれはモエサカルだな。毒だ。キャンプ予定地まで我慢しろ」
「えぇーっ」
「じゃあ道具袋に入れとく? 後で食べれる調理が出来るかも」
やめてっ!? ちょっと! 毒状態になっちゃうよ!
「いや、駄目だ。そんな調理法は無い……というか袋の中の物に毒が付着するから止めろ」
ほっ。ガーベル君まで賛成したらどうなる事かと思った。良かった。
……というか、今のところ遭遇したのは可愛いらしいスライムと動物さんだしさ。
平和だな。
なーんかもうこのままでもいいような気がしてきた。移動楽だし。好きな時に寝れるし。
能天気なわたしは、そんなことを考えていた。
………………しかし。
その淡い期待は脆くも崩れ去る。
「止まれ」
突如、ガーベルが神妙な声音で待ったをかけた。
勇者パーティー全員の動きがピタリと止まる。
先程までの、のほほんとした空気感から一変した、シリアスな雰囲気に。
「……うん、いるね」
「まぁ、最短のルート選んだから覚悟はしてたわ。手筈通りにいきましょ」
なんだよ。なにがいるっていうんだよ。
ただごとではない緊張感。周囲が静寂に包まれる。
……ガサッ。
木の葉が揺れる音。
刹那。
視界の端でナニカが動めいた。
ガギィ……ン!
響き渡る金属音。リントが抜刀。そしてなにか硬いものを防いだのだ。
それは、鉤爪。二メートルはあろうかという巨躯の毛深い怪物のものだ。
押し返され、後退する怪物。野蛮にも舌なめずりをして。
「グルルルル……ここを通るということはアレの噂に釣られたな? 我々の食糧にしてくれるわ」
わたしは気配すら感じなかった。そして引き裂かれるかもしれなかった、という恐ろしい事実に震えが止まらない。
この世界の魔物はこれほどまでにレベルが高いのか。なにより――凶悪、なのか。
「盗賊狼の長だな。悪いけど僕たちには時間がない。通らせてもらう」
リントが翡翠色の瞳で正面を見据えて、剣を構える。
「『固有技術・雷光魔剣』」
集う、魔力の奔流。稲妻が迸り、剣が輝きだす。
カッッッッケェ……!
恐怖など吹き飛んだ。目の前の凄まじい光景に、希望が満ちあふれてくる。
いま固有技術っていったっけな。多分それぞれが有するワザみたいなものだろう。
「貴様、何者だ? それほどの魔力を有しているならば名が知れ渡っているはずだが……。まぁいい。このスピードについてこれるか――」
盗賊狼が駆けだそうとした、その時。
「『固有技術・炎火付与』」
「『固有技術・隼矢』」
マルティーズちゃんが魔法を唱え、ガーベル君が矢を放つ。
わたしには一瞬だけだが、見えた。
放たれた矢が、空中に顕現した魔法陣を通過。その矢に火が付与される。矢の速度が桁違いになった。
それが盗賊狼の足元に命中。
「小癪……!」
大きく態勢を崩す。だがそこまでダメージにはなっていないようだ。
しかし。
「ちょっと痛いけど、ごめんね」
「なっ」
間隙を突いて、リントはその狼男に距離を詰めていた。
矢の陽動。そして稲妻の剣の直接攻撃。
完成された行動。恐らく事前に作戦を立てていたのだろう。
鍛え抜かれた生身の肉体、そして高度な技術がそれを成していた。
「はぁっ!」
勇者の一閃。稲妻の柱が、深い森から蒼穹へとせり立つ。
「ガアアアア!」
盗賊狼が地面に倒れ伏した。決着だ。
凄い……! なんて素早く、統制のとれた連携!
流石は勇者パーティー。マジで強い。
「しばらくそこで寝ていてくれ。ごめんね」
「……貴様らはアレを狙っているのだろう? ならば絶対に通さんぞ。通してなるものか。かかれぃっ! 同志達よ!」
『ガルルルゥ』
見渡してみると、草むらから複数の盗賊狼がこちらに睨みを利かせている。
既に囲まれていたのだ。
「群れに遭遇する前に森を抜ける予定だったけど、まずいね、ずっとこの辺で待機してたのか」
勇者達の余裕が消え、緊張が走る。それは何故か。
「ちゃんと考えた上で安全な道のりだって選んだんだから、こんなの仕方ないわよ。さて……どうしよっか」
そう、この状況では一対一の戦法は通じないからである。
そして多対一の作戦は……無い。
「なんとかするしかない。離れるなよ。全員で生きて帰るんだからな」
ガーベルの言葉に対し、リントとマルティーズは無言で応える。
どどど、どうするの!? 不安そうにしないでよガーベル君! なんとかなるんでしょ!? え、もしかして本当にオワタ?
突如として牙をむいた異世界の現実。どうやら平和ではなかったようだ。
この絶体絶命、果たしてわたし達はどう切り抜けるのか。