第二話 世界の狭間にて、飲み会!?
「んぇ……?」
わたしは、だらしなくよだれを垂らしながら目を覚ます。
「どこ、ここ」
どこまでも続く水溜りのような場所に寝そべっていた。
見上げれば、どこまでも続く青い空。
見下ろしても、どこまでも続く青い空。
夢でも見ているのだろうか、と。そう認識しようとした瞬間。
「ようこそ『世界の狭間』へお越しくださいました、小鳥遊有希さま」
どこまでも澄んで、清らかな声音。
振り返ると。そこには。
神聖さを感じる黄金の瞳。さざなみのように揺れる瑠璃色の長い青髪。完璧なまでに美麗な面立ち。悠然とはためく翼。そして透き通る羽衣を纏った聖なる存在が、顕現していた。
「え……?」
自分の目が疑わしかった。
明らかに人ならざる存在。幻覚を見ているのかもしれない。とうとうここまできたか。
「あなたは……?」
偏見は良くない。取り敢えず名前を聞いてみる。
「わたくしは流転の女神、セイクリッド・チカと申します」
「せ……なんて?」
思わず聞き返してしまった。
セイクリッドか。いいね。カッコイイ。わたしはヘルブレイズとかがいいな。ヘルブレイズ・ユキ。
「セイクリッド・チカです。突然ですがあなたには『テラスぺラズ』という世界で魔王を討伐するという使命が与えられました。出来なければ全て破滅します」
「……はいいぃぃ?」
実に素っ頓狂な声が出た。テラスペラズ? 魔王? 使命? 頭の中に一気に情報が詰め込まれてパンクしそうだ。
てか全て破滅て。なんかアバウトだなあ。
まずはちっぽけなわたしが何故、そんなヤバそうなのに巻き込まれたかを聞いてみる。
「使命? なんで?」
「なんでも、です」
「えぇ」
いやなんでもって。こういうのって解説ありきじゃないのかよ。おかしいだろ。
「いや自分、まだ現世にやるべきことが残っているのですが」
「課題や就活、でしょう? ご安心ください。あちらとこちらの世界では時間軸が違いますから」
「それは……」
「準備をしますね」
「ま、待ってよ!」
有無を言わさず、チカさんは杖を振りかざした。私の足元に魔法陣が展開される。
「それでは、いってらっしゃいま――」
「ちょっと待ってってば!」
魔法陣が消える。
「……なんでございましょうか?」
なんかやけに威圧的だな。まぁいいか。
流石にこのままでは納得いかない。(ゲームもやれなくなるし)
わたしが異世界を救わなきゃいけない理由とか。冒険に伴うチート武器の特典とか。
あるでしょ。
「あの、わたし武器とかなにも持ってないんですが」
「…………」
はんのうがない。ただのめがみのようだ。
「チカ、さん?」
「はぁ」
……え? 今のため息? 噓でしょ? 女神にあるまじき行為だと思うんだけど。
驚くのもつかの間。
衝撃の事実が明らかになる。
「いちいち説明すんのガチめんど! そーいうチート的な、レべチで時間かかんよ! アーシ、これからアニメリアタイしたいの! あとフィーリングでよろ!」
女神は、オタクギャルだった。
先程までの神オーラはどこかへ旅に行ったようだ。
「……えぇっ」
女神はそっぽを向いて虚空にふっ、と息を吹きかける。すると暖かそうな和室の居間が現れた。それできるならアイテムもすぐ創れるんじゃ?
ブーツを脱ぎ捨て上がり込む。網タイツに覆われた脚線美がなんともセクシーだ。
胡坐をかいてテレビをつけた。
「アッハハ! この女神キャラ、マジショボ。アーシならパッとやってパッと導いちゃうんだケド! 秒で!」
「…………」
これ、まさかアニメ見終わるまで待てっていうのか? なんだこの自堕落は。さきイカなどのおつまみを貪りながら、発泡酒をあおっている。
「あ、とりまアンタも見る? チョーおもろいよ?」
……見るけど。
わたしは渋い顔で居間に上がり込み、おつまみとお酒、そしてアニメを嗜みながらくつろいだ。
悪くない。このまま全てを忘れて一生こういう生活をするのもアリ寄りのアリ、ってやつだ。
○○○
しばらくして。
大体三話くらいまで一気見したところだろうか。コマーシャルの間に女神がすっと立ち上がる。
「そろそろじゃね?」
「? なにが、れすか」
ろれつが回らない。頭がぽわぽわする。
わたしはすっかりグダグダな状態に。
のびのびと、欠伸をする。
このまま寝てしまおうか。
そう思った瞬間。
身体中が、光につつまれた。
「んぁ、なにこれ眩し」
「アーシ、すでにアンタに祝福かけてるから。時間かかるって言ったでしょ! そゆこと! んじゃ、いってら!」
女神のギャルピだ。ちょーかわいい。
まだアニメ三話までしか見てないのに、残念だなー。 ちょうどキャラがモムって(見てたアニメの用語)面白くなってきたのに。
そうしてふわり、空気に溶け込むように。
少女の身体は、光とともに消え去った。
かくして、小鳥遊有希は異世界『テラスぺラズ』へと、飛ばされたのだ。
ほぼなんの説明もなしに。(しかも酔っぱらって気づいてない)
「……ここは、変わりたいと強く願う者が流れ着く場所。貴女様はその姿が最も頑張れます。どうか諦めないで。『試練』を経て、少しずつ、かけがえのない成長を。なにより――」
チカは懇切丁寧な一礼をして。
「楽しい楽しい、異世界ライフを」
そして、再び胡坐をかき。アニメを見始めたのだった。