エピローグ
楽園から遠く離れた、その海で。
その鯨は言った。
「レンこそこの海の女王にふさわしい」
その海ガメは言った。
「何を言う。ラピスが我らの王となるのだ」
その鴎は言った。
「お前たちの目は節穴か。イヴの他に誰がいる」
そこへジンベイザメがやって来て、彼はこう言った。
「黙れ、浅はかな者たちよ。王はもう決まっている」
鯨と海ガメと鴎は問うた。
「「「ではジンベイザメよ。一体誰が、我らが王となるというのか」」」
ジンベイザメは悠然と泳ぎながら、その名を告げた。
「海の女王は、最も海に愛されたもの。深海樹、フィオラをおいて他にはいまい」
その答えに、鯨は潮を噴き、海ガメは海中を旋回し、鴎は空を滑空した。
「「「フィオラ!フィオラが我らの王に!」」」
ジンベイザメは既に泳ぎ去り、もう影すらも見えなかった。
我らの楽園に偶然にも紛れ込んだ人間を生きたまま帰そうとするものなど、ここにはいない。
なぜなら我らが人間に虐げられた記憶は、既に遺伝子にまで組み込まれ、決して失われることがないからだ。
人間が怖い。
人間が嫌い。
人間が憎い。
それが全てだった。
人間が恐ろしかった。
それはこの海そのものも例外ではなく、海は人間の侵入をことごとく阻んできた。
人間には、その身一つで海で生きることは不可能。
それでも彼らは、乱獲し、汚染し、我が物顔で海上を占領する。
ここは海に棲むものたちの世界なのに。
なんとしたたかで愚かなものたちなのか。
怒りと恐怖が総てだった。
我らと海は、その想いを共有していた。
でも、フィオラだけは違った。
この地球にただひとつの、海底に根付いた大樹。
深海に根を張り、海中に枝を伸ばし、海面近くにまで葉を広げる、美しき青き命。
彼女は他とは異なった。
全ての生き物を愛し、慈しんだ。
それは、人間に対しても同じだった。
我らはフィオラを理解できなかった。
だからなのか。
彼女は海に愛された。
人間にもっとも厳しかった海が、人間を救うなんて。
誰も思いもしなかった。
フィオラは希少種までも動かした。
セイレーンやマーメードやクラーケンまでもが、人間を救うために力を貸した。
きっとあの人間は、“偶然”や“幸運”や“奇跡”だと解釈するだろう。
でも、実際は違う。
あの人間は海に救われた。
海に愛された、我らが女王フィオラに。
ジンベイザメは広大な海原をゆったりと行きながら、最愛の女王に思いを馳せた。
海の女王が生まれた。
それは、海に生きるものを最も愛し、海に生きるものに最も愛された者。
そして、人間さえも愛した者。
【END】
これで完結です。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
作者の恋愛系の別作品「君待ちカフェ」と物語が繋がっています。
よかったら、そちらもあわせてお読みいただけると嬉しいです。