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海の女王  作者: 和泉 兎
3/9

ざわめき

 青の世界に暮らす生きものたちが、ざわめきだした。


 海が凪いだ。

 海が凪いだ。


 王が決まる。

 王が決まる。


 それは、遥か昔からこの海で語り継がれた言い伝え。


 海が止まるとき、海の女王が現れる。


 誰が最初に言ったのかはわからない。

 過去に女王が存在したのかもわからない。


 それでもみんな、信じてた。

 いつか現れるって、信じてた。


 海の女王は、海が選ぶ。

 海に最も愛されたものが、女王になると言われていた。

 そして海の女王が誕生する時には、凪が訪れるとも。


 その兆候がついに現れた。


 ラピスは、この場所が凪ぐなんてありえないと思っていた。

 流れの緩い海底か、風の影響を受けない遥か上空からしか入れないこの海域。

 その周囲には不規則な岩礁もあって、人間には簡単には近づけないからこその楽園だから。

 凪ぐことがあるとすれば、それは楽園が失われることだと思っていた。


 ラピスは怖かった。

 人間がやってきたら、どうしよう。

 この間もクロダイから人間の恐ろしさを聞いたばかりだったので、とても不安だった。


 想像上の恐怖に震える肩を抱いて、ラピスは海を見つめていた。

 他の者たちも、混乱、戸惑い、恐怖など様々な感情のままに、緊張感に溢れる海中を右往左往している。

 いつもなら夜になると眠る魚たちも、なかなか眠りにつけないようだった。


 しかし、ラピスたちの心配はすぐに晴れた。

 凪は一晩もたたずに治まり、また元の激しい海流が彼女たちの楽園を包み込んだのだ。


 ラピスは安堵して、翌朝またイヴに会いに行った。


「おはようイヴ!」

「……おはよう、ラピス」


 眩しい笑顔で海面に顔を出したラピスにくすりと笑って、イヴも応える。

 普段感情を顔に出すことの少ないイヴも、心なしか嬉しそうに微笑んでいた。


 お互いに不安な夜を過ごした後だったので、安心感がそのまま喜びとなって現れている。

 よかったよかったとそれを分かち合いながら、昨夜の凪は何だったのだろうと話し合った。


 けれど、いくら話し合ったところで分かるはずもなく、答えなんて出ないまま、なぜという言葉だけが積もっていった。


 それでも、深海樹の周りを包む激しい海流は戻ってきた。

 疑問はあれど、それだけで落ち着くことができる。

 岩場の上にゆったりと寛ぎながら、またああでもないこうでもないと語りあった。


 深海樹にも特に大きな異変はなかった。

 気になることといえば、逆流していた深海樹の丁度真上辺りの潮の流だが。


「何だったんだろうね」

「……わからない」


 結局は何も分からず、そのやり取りを何度も繰り返していた。

 あと考えられるとすれば……。


 幾度目かの沈黙が訪れると、上空を忙しなく飛び回っていた海鳥たちが騒ぎ出した。

 特に鴎が、けたたましく鳴いている。


「女王!女王!」


 あとの可能性は、それ。

 海が凪ぐ時、女王が現れる。


 困った顔のイヴに、ラピスも苦笑を浮かべた。


 海鳥たちはセイレーンのイヴを女王だと信じてるようだった。

 実はラピスのところにも今朝早くにウミガメがやってきて、おめでとうございますなんていう始末。


 どうにかして欲しい、とラピスはげんなりした。

 自分が女王になんてなれるはずがないと、ラピスにはわかっていた。


 海は誰にでも平等に優しく、厳しい。

 海そのものが彼女達の母であり、家であり、世界のすべてなのだ。


 平等に恵みを与え、命を奪う。

 そんな海に特別愛されているだなんて自惚れは、微塵もないのだった。


 イヴもどうやらそう思っているようで、ようやく海鳥たちが落ち着いて帰った後、ふたりして盛大なため息を吐いた。


 女王を待ち望むものたちによって、空と海のざわめきは広く大きく急速に伝わっていった。

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