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Thousands of Tales After : the Rise of Assassin  作者: うっかりメイ
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第二話:影を追い、エルドに揺られ─その二

 出発前に彼の探索用の荷物を取りに家へ寄る。扉のすぐ近くに荷物を置いており、遠い場所へ出かける場合はすぐ手にとることができるようにしてあるらしい。古い皮革で作られたバッグで、一目見て機能的で手入れが行き届いており、美しい。その見た目から大切に扱われていることが窺える。

 南方遺跡へは乗合の牽車を使うか、乾燥地帯を長距離移動することができるエルドを借りるしかない。発着場で役人の男と話していたジャックは首を振りながらシーラの下へ戻ってくる。

「すまない、乗合は全くだめだ。今日の最終便が既に出てしまったようだ」

「ではエルドを借りる他ないようですね」

「少し立て替えてくれないか。遺物をコルストヴァで売れば返せると思う。できるだけ安くなるよう交渉するから」

「大丈夫よ。その分は私が出すわ」

 司祭からついでに収集物を手に入れるように指示されている。そのために現地へ行く場合、費用も出してくれると言ってくれている。彼に負担をさせる必要はないだろう。

「交渉事はやったことないから頼むわね」

「おう、任せとけ」

 方々の厩舎を巡り、持ち主と交渉を重ねる。戦時ではないため、需要は高くない。しかし、先代の王による東方遠征の際に遊牧民との争いで少なくないエルドが犠牲になり、数が回復しきっていないらしい。三軒目を回る頃には陽が中天にかかり、一日で最も暑い時間にさしかかっていた。

 ジャックはややつぶれた毬をつなげたようなフォルムの男と話し込んでいる。彼の馴染の主人らしいが、立ち並ぶ背の高い四つ足の家畜たちの前で交渉を受ける彼の反応は芳しくない。本当に知り合いの間柄かと疑いたくなるほど面倒くさそうな表情をしている。厩舎は先ほどまで回ったどこよりも大きく、彼女が近づいてみると柵の隙間から数頭が長い首を伸ばして顔を近づけてくる。長い睫毛に隠れた瞳は好奇心で煌いている。頬を舐められ、その臭気に思わず悲鳴に近い笑い声をあげてしまう。

「おい、ガキ。そこのお前だ。余計なことすんじゃねえ」

 エルドと戯れるシーラに厩の主人が垂れ下がった鼻を鳴らし、露骨に嫌そうな顔をして注意をする。彼女は仕方なくエルドから少し距離と取る。

「ソレスさん、もう頼れるのはアンタしかいない。一頭でいいんです」

「おいおい何も貸さないなんて言ってない。ただ南まで行くのはお前さんとそこのガキだけだろう? とてもじゃないが危なっかしくて心配になる」

「それじゃあ貸さないって言ってるようなものじゃないか。それに数年前は俺一人でも貸してくれたじゃないか」

「はぁ……いいか、その頃とは状況が違う。今や南には沢山人が行っている。中には犯罪者もいるらしい。奴らは獣と違って徒党を組んで罠を張る。独り身の探索者はもちろん、足手まといを連れて奴らの前を横切るなんざ自分から捕まりにいくようなもんだ」

 彼の言うことには一理ある。しかしジャックは引き下がらない。

「大丈夫だ。アンタの飼ってるエルドなら追いつかれることはねえさ。なんなら少し多めに払うから」

 主人は口をへの字に曲げ、顎をなでる。その鼻の下からは耳を疑うような発言が飛び出る。

「いいだろう。180ディハルト金貨で貸してやる」

「は?」

「聞こえなかったのか。金貨180枚だ。あと向こう端から二つ目のエルドを使ってくれ」

「あれは病気のエルドじゃないか。それに180なんて……正気か? 相場の二百倍だぞ。アンタやっぱり貸す気なんてないんじゃないか!」

「そんなわけないだろう、適正価格ってヤツだ。嫌なら帰りな。その代わり俺の目の前に二度とその面を見せるな」

 ジャックの必死の言葉から主人は顔を背け、聞く気がないようだ。そんな彼にシーラは問いかける。

「ねえ、なんでそんなに揉めてるの?」

 主人は面倒そうに

「お前には関係ねえ話だ。さあ、金が払えねえなら帰った帰った」

 まるで取り付く島もない。しかしシーラは男のそんな態度をみてニヤリと笑う。

「どうでもいいけど、あなたのエルドたち散歩の時間なの?」

 彼女の問いかけに男は苛ついた様子で顔を上げ、次に口を開ける。その視線の先では厩舎から出て悠然とコルストヴァの道を歩くエルドたちの姿が。彼は鼻の先まで真っ赤に染めてシーラに詰め寄る。

「お前、柵を開けただろ! なんで逃がした!」

 彼女は表情ひとつ変えることなく言い放つ。

「私は何もやってないわ。エルドから離れるように言ったのは貴方じゃなくて?」

「なら離れる際に柵を壊したんだ。さっさと連れ戻してこい! 営業妨害の分も払ってもらうからな!」

「そんな隙なんてなかったし、それに彼ら紐でつながれていたようだけどそれはどうやって外したのかしら? 一瞬で柵の鍵を壊して全ての紐を解くなんてできるわけないじゃない」

「うるせえ! つべこべ言わず連れ戻してこい! こっちは商品を盗まれたんだぞ」

「商品の管理ができていない責任を客に押し付けるのね。あなたからエルドを借りるのはよした方がよさそう。行きましょ、ジャック」

「いや、ちょ、おい。待てよ。何がどうなってるんだ?」

 得意げなシーラと引きずられ気味なジャックはいまだ喚き散らす男に背を向けて立ち去ろうとした。しかし、そんな彼らの先にローブを被った一団が現れたのだった。そのうちの先頭の男が一歩前へ出る。胸元に特徴的な十字の紋章の刺繡があしらわれており、デュルガウム神教の司祭であることがわかる。

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