第五話:The Rise of Assasin ─その五
ネイロは手元の水差しからコップに水を注ぎ、ゲルハルトとシーラに寄越す。
「話はこの南方入植計画にすべてつながる。理由のひとつめは規律と技術と体力を持った人員を確保するため。ふたつめは後背を盤石にし、生産を高め、余剰産品を入植に活用するためだ。前者は中小の騎士階級を解体し、外務官付けにすることで解決を図る。後者は以前より盟友であるイエローグラスの諸都市にプレーンズの諸氏族を交易に加える。そうすることで以前はイエローグラスに独占されていた毛織物の生産拠点を都市に誘致することで彼らの産品を活用し、同時に交易保護を協力して行うことができるだろう」
イエローグラスで生産される穀物は都市の人々の生命線である。都市で生産される食物は家庭菜園から得られるごくわずかな野菜に限られる。水は地下からくみ上げるので苦労しないが、都市の周囲の土地は岩石がむき出しの痩せた土地が広がる。そのため農業に向かず、昔から食料の充足が悩みの種だった。都市で集積した工房の生み出す日用品や農具によって両地域での通商が成り立ち、なんとか飢えをしのぐことができている。しかし同時にそれを狙う盗賊をも生み出してしまった。彼らはエルドと共に生活し、都市民と違い一箇所に留まることがない。草を食べ、乳や毛、肉を提供するハルポァを育てることで生きている。しかしそれだけでは食物が足らず、毛皮や毛織物と農作物を取引するためにイエローグラスの諸都市でよく見かける。それだけでなく、都市間で荷物を運ぶことを生業としている者もいる。それはエルドを多く使役できる彼らだからこその天職でもある。
皮肉にもその特徴は盗賊にもあてはまる。エルドは過剰に荷物を載せなければ長い距離を高速で移動できる生き物である。ゆえに商人を脅してその荷物をある程度奪い、連れてきた予備のエルドに分散して積み込めばさっさと退散することもできる。商人の荷馬はスピードが出ないため、そのまま捨て置けばいい。つまり残された哀れな被害者は何も対策をしなければほとんどすべての財産を奪われることを意味する。彼ら盗賊の存在は古くからイエローグラス、コルストヴァ、そして行商に従事する人々の悩みの種となっていた。
「そしてこの交易同盟は第一段階に過ぎない。ゆくゆくは北の苦水の民、イエローグラスの更に東の山々に住むオオダチの諸氏族も加えるつもりだ。このグレートトレードルートによって自由に行き交う人や産物によって余剰物は平均化され、人々の暮らしは向上する。それだけでも南方からの侵略を易々とはねのける力が付くと私は考えている」
彼はそこまで話すと、コップを傾ける。ゲルハルトは彼が話し終えたことを察し、口を開く。
「陛下。私が聞く限りあなたの考えていることは道筋が通っている。しかし、サウズカーズが再び起こることが前提です。そこでひとつ提案をしたい」
王のコップに水を注ぎ、司教にターンが戻ってくる。
「我々は過去にアポタイト信徒の有力者らをコルストヴァから放逐したことがある。彼らと我々は同一の教えを信奉していたが、重視する教義によって今や三分割されていることはご存じだと思う。マハザール信徒が東へ落ち延びたのに対し、彼らは南方へ進んだ。その結果引き起こされたのが南方植民計画とその失敗である。植民者たちは南でそこそこの規模の都市を建設し、そこで得た産物をコルストヴァに未だ残っていた信徒たちに送っていた。実際は我々デュルガウムの教会がすべて押収していたのだがな。大抵は食料品であり、たまに金属製品があった。しかしそのなかに興味深いものがあった。彼らアポタイト信徒は記録をよく録る。その押収品の中にも当然日誌のようなものがいくつも紛れ込んでいた。これらの資料を研究者に提供すればサウスカーズについての情報がより詳細にわかるかもしれない」
「それは非常に助かる話だ」
「だが、条件がひとつある。そちらに頼みたいことなのだ」
王は背もたれにもたれかかり、鷹揚に手をあげ続きを促す。その言葉は想定内のようだった。
「教会の組織は長いこと軍に支えられてきた。いわば王権や市民軍とは共依存の関係だ。その影響で陛下の政策への反発に合わせて教会内でも不審な動きがある。彼らはかつてのアポタイト信徒追放の真実を隠し、反乱者を支援することでしょう。しかし私はあくまでもコルストヴァの守護を託したそなたを支持したい。よって内憂を完全に排除するために司教に直属の内偵部隊を設置することを許可してほしい。私の下に内部を調査する専門の役職がなく、そのために今回の離反の動きを察知することができなかった」
王は顎髭を撫で、視点をコップに落とす。彼としては教会の独立性が高まることは歓迎されることではない。彼自身の権威が教会によって担保されている以上、できるだけ管理下におきたいのが本音だろう。教会が力を付ければ彼らにとって都合の良い人物を王の座につけることも考えられる。しかし味方が少ない現状においてその取引を受けないことは自らの首の皮を削る行為だ。彼の熟考を司教は忍耐強く待つ。たっぷり間を置いた後、王は口を開いた。
「分かった。明日政務官に準備を進めさせよう。その代わり植民計画には協力してくれるな」
苦渋の決断といった風に了承する。釘をさすのも忘れない。
「もちろんでございます」
そうして彼らの話は終わった。王は少し疲れた表情で椅子から立ち上がる。そんな彼をゲルハルトが引き留める。
「しばらくは我々のやり取りをこの者に─ハスバウスに任せてはいかがだろうか。今日こうして王の御前にたどり着けたのも彼女のおかげでの」
突然の推薦にシーラは驚く。彼女としては司教をここへ送り届ける以上のことを考えていなかった。
「そういえば妙だな。ここの衛兵は怠けるような連中ではない。どこか穴をついたのか」
王の視線に少したじろぐが、司教は小さくうなずく。
「私はハスバウスの名を継ぎました。闇にまぎれ、壁を耳とし窓を目とします。確かに彼らは確かに自身の任務を忠実にこなしていますが、それだけで私の姿を捉えることは難しいでしょう」
彼は少し怒ったように口を曲げたが、次の瞬間相好を崩す。
「ははは。近衛兵を出し抜くとはやはりハスバウスといったところか。代が変わってもその技術は衰えることなく継がれる。敵に回したくないものだ」
「あ、あの。父……先代のことを知っているのですか」
「そうだな、私が小さいころ夜半まで父上とよく話し込んでいたことを覚えている。丁度今のように。彼にはよく、民を思う良い王になれよ、と言われていた。今にして思うと彼の信念であり、父上の子供に対する最大限の言葉であっただろうな」
彼らしい無骨な言葉である。
「先王様とは仲が良かったのですね」
「そうだな。父上もラーグリ殿と同じく彼を信頼していたと思う。かつて所属していた諜報部隊を辞めてからも大事なことは彼に相談をしていたからな。父上はその代わりに子育ての相談に乗っていたという話を笑いながら話していたよ」
再び父について知らない事柄が出てきた。そしてあの男が子育てに不器用ながらも向き合っていたのだという事実も改めて突き付けられる。
「そう、なのですね」
少し複雑な心境のまま彼の言葉を受け取る。父の苦労をそのまま背負い込めるほど今の自分は大人ではない。
「ハスバウス殿。若輩者の私だからこの先迷惑をかけると思うが、しばらく頼む」
彼の言葉に我に返る。一回りも二回りも若い自分がナイーブになってどうする。今は無理でも時を重ねれば理解できることもあるはずだ。
「はい。私も未熟者ですがお役に立つことができるよう努めます」
「良い返事だ。では明日陽が沈むころに玉座を訪ねてきなさい。政務官と会わせよう」
そうして秘密の会合は幕を閉じた。どれほどの時間が経ったのかわからないが、彼らのやり取りが有意義であり、王宮と教会の連帯は今後深まることだろうということは確信できた。
尖塔街にたどり着き、闇の中に去ろうとする彼女をゲルハルトは呼び止める。彼は出発前と打って変わって生き生きとしている。
「夜遅くまでご苦労じゃった。明日から忙しくなると思うがよろしく頼むな」
「はい、こちらこそ。私の無茶な思い付きに付き合っていただき、申し訳なく思います」
「いや、都市が割れるかの瀬戸際なのだ。重大な問題を処理するにはやはり迅速な対応でしかない。そなたの真剣な態度でようやくワシも目が覚めたわい」
ゲルハルトの言葉に、彼女は心底安堵する。ふたりは尖塔街の前で別れた。




