第五話:The Rise of Assasin ─その四
尖塔街の門を抜け、司法院や遥拝所の横を通り過ぎる。背の低い木々に囲まれた貴族の屋敷群の中でより高い丘に建つ、ひと際白い屋敷が見えた。家に続く石畳の道には数名の兵士が見張りをしており、どれも鋭い視線を周囲に送っている。
「これからどうするのだ」
「ここは定期的に見張りが交代します。そのタイミングに屋敷まで一直線に行きましょう。通り過ぎるときは声を出さないでください。そして私の歩幅にできるだけ合わせ、止まった時はゲルハルト様も同様にしてください」
彼が頷いたと同時に新しく兵士が数名、脇の道から現れる。交代の人員だ。シーラはゲルハルトの手を取り、石畳の道を歩み始めた。しかし引継ぎを終えた兵士たちが詰め所に戻るのか、二人の行く手を遮ろうとした。彼の心臓が高鳴るが、彼女は平然と歩みを進める。次の瞬間、信じられないことが起こる。彼女の姿が掻き消えてしまった。辛うじてつないだ手が彼女の存在を示していたが、視覚では捉えられない。もどかしく奇妙なこの感覚は人生において最初で最後となるだろうと彼はあっけにとられながらも歩を進める。道の先、階段を上ると中へと続く門が見えた。その前には衛兵が二人いたが、彼らは何も言わずに中へ二言、三言つぶやく。門扉は僅かに開き、中から別の兵士がこちらを覗く。
「貴様らこのような時間に何の用だ」
「申し訳ございません。ラーグリ様より王のお耳へ危急伝えしたき事がございまして参じました。どうかお目通りお願いします」
「本当にそうなのか? 使者であれば当然印籠を持っているであろうな」
彼女は胸元を探り、ペンダントを差し出した。稲妻とエルドを抽象化し、組み合わせた家紋が刻まれている。
「こちらをご確認ください」
それを彼女は堂々と渡す。はたして、その兵士はペンダントをためつすがめつ眺めたが、気が済んだのか返してくる。
「わかった。行っていいぞ」
ふたりは無事に通され、兵士の先導で廊下を歩く。
「道にいた彼らはどうして我々に気が付かなかったのだ?」
彼の質問に彼女は答える。
「ただ彼らが目の前の物を認識できなくしただけです。おそらくゲルハルト様からも私の姿は見えなかったと思います」
彼は身震いをひとつして苦笑いで答える。
「ああ、その通りだ。それにしても姿をまるっきり消せるとは恐ろしい話だな」
「ご安心ください。この能力を味方へのだまし討ちに使うほど私は不忠者ではありませんから」
そこまで言うと彼女はふらつきを覚え、立ち止まる。先行していた兵士が訝しげに振り返る。そんな彼女の腰に手をやり、司教はできるだけ深刻な声色で話す。
「すまない、彼はここまで夜通しできたのだ。だが彼の話す内容は私が保証する」
「ふむ、そうか」
兵士は前に向き直り、ふたたび先導する。来賓を迎える広間の脇から廊下を通り、中庭へ出る。回廊に掲げられた松明で辺りが辛うじて見える。ちらりと彼女を見ると、フードからはみ出た髪の毛はここに来るまでに見せた輝くような白銀ではなく、紅の毒々しい色になっていた。彼は口を固く結び、彼女の手を自身の肩にのせ、できるだけ自然に見えるように支えてやる。
「ありがとう、ございます」
彼女は小さく呟いた。
ようやく王の居室へたどり着く。扉を兵士は遠慮がちに叩き、中から「入れ」と声がした。
「失礼します」
兵士はふたり中へ通し、ラーグリからの使者であることを伝えると下がっていった。
「して、このような夜半に伝えたいこととは何用かな」
中は10人ほどの客人が入れるほどの大きな空間で、扉から遠く離れた場所に設置された暖炉には火が入れられて明るく、暖かい。中央には長いテーブルが置いてあり、燭台には蝋燭が灯されその傍には手紙らしきものが広げられている。彼はこれから床に入るらしく、ゆったりとした薄手のローブに身を包んでいた。角張った顔は仏頂面で眉間には深い皺が刻まれている。
「王よ。本日はこのようなお時間に拝謁する形となってしまい、申し訳ございません」
フードを取り、現れたゲルハルトの顔にネイロ王はあっと小さく声を上げた。
「ゲルハルト殿。なぜここに?」
「驚きになることは重々承知しておりました。私がこの老体に鞭打って押しかけてきたのには理由があります」
彼は何か言いたげだが、そこはさすがに都市を治める人物だ。椅子から浮かせた腰をゆっくりと落ち着かせるとすぐそばの椅子を勧めた。
「聞きましょう。どうぞおかけください。お連れの方もぜひ」
ゲルハルトに椅子を引かれ、シーラも席に着く。
「丁度良かったです。キアーネはこだわりが強くてね。寝具や寝間着を選ぶのに時間がかかるのです」
「跡継ぎを作らなければならない方は大変ですな。私は寝る前は瞑想に存分に耽ります。一日分のストレスから解放される感覚がたまりません。その分孤独がひしひしと身に染み入りますがね」
「それはよいことをきいた。息子にこの都市を任せた後は神門に帰依するのもよさそうです」
しばらくの歓談の後、ゲルハルトが話を切り出す。
「話がだいぶ逸れましたな。本題に入る前に少し昔話をしてもよろしいか」
「叔父上の話しやすいように話していただいて構わない。しかし、先ほど言った通り私は明日に備えて休まねばならない。手短に頼めますかな」
彼は深く、ゆっくりと頷く。ふたりは血縁関係なのか、とシーラはぼんやりと思った。
「昔、王に戴冠したときのことを昨日のように覚えております。そなたの父上が急逝して二日のことでした。ラーグリ殿の後ろ盾を得て即位に踏み切ったのでしたな」
「彼にはまだ世話になっているよ。なにせ私が立って歩く頃から色々教えていただいた二十年来の恩師でもある。彼ほどの知恵袋はこの都市において唯一無二の存在だろう。父が本当に大事にしていた忠臣だというのもわかる」
「ええ。しかし彼にも悩みはあるのです。彼とは王以上に近況をやり取りする仲でございます。そんな彼が最近は王のお考えがよくわからない、とよくこぼすのです」
蝋燭の炎が揺れる。ネイロは何も言わずにゲルハルトの声に耳を傾ける。
「彼から頻繁に聞くのは最近のプレーンズ諸氏族との外交です。今までイエローグラスの町や貴族の領土との間で略奪を働いてきた彼らとの関係を改め、近いうちに有力部族との婚姻を視野に入れた同盟関係を構築するとのこと。彼らのような収奪することしか能がない蛮族と結ぶ道理がわかりませぬ」
王は眉間に少し皺を寄せて顎を撫でる。
「言いたいことはわかる。その話は実は行政府で散々聞かれ、その都度答えてきた。その行動を取った理由はふたつあり、外交官と政務官の面々は納得したのだが、軍務官のメンバーは全く首を縦に振らない」
「ええ、彼らの人員を削減しようとしているのでしょう?」
「直接的にはそうだが、何も都市から追放しようとしているのではない。一部をコルストヴァに置く治安維持部隊に置き換え、残りを南下のための開拓団に編成したいのだ」
ゲルハルトはテーブルに手をつき、身を乗り出す。
「南下、ですって?」
「いかにも。我々の数世代前、コルストヴァには異形の存在が攻め入ってきたという。そして探索者や科学者などの研究や調査によればあと数年で再びこの地は戦火に包まれると予測された。彼らの言に従えば私の治世中にかの災厄が再び起きることは必至。コルストヴァの城壁は分厚いが、ここを包囲され、失えば我々に逃げ場はない。そうならないために前哨基地、前線で敵を食い止める軍事要塞が必要となろう。解体した部隊にある程度の武器と資材を持たせ、探索者たちと共にコルストヴァの盾となり得る街を築いてもらうのだ」




