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Thousands of Tales After : Rise of the Assassin  作者: うっかりメイ
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第五話:The Rise of Assasin ─その三

 こうして地面の冷たい感触を味わうのは久々のことだ。まだほんの小さいころ。

「あ、プロシポさん。待ってくださいよ」

 孤児だった俺はその日も細い路地でうずくまり、身体の痛みに耐えていた。片手に残ったコーンパンの切れ端は砂埃で汚れていた。店から命がけで盗んだそれを身体の大きい奴らが奪っていく。大都市に吐いて捨てるほどいるホームレスのガキにとっては力こそが生のすべてだった。

「ほら、立ちなさい」

 誰かに腕を掴まれ、俺はぼんやりとその大人を見上げた。白く、所々が砂で汚れたローブ。胸元には先の尖った十字があしらわれている。男は微笑みを浮かべ、俺の服から汚れを払う。

「ゲルハルト。急いでいるのです。そんなものは放っておきなさい」

 同じような恰好をした初老の男がこちらを蔑みの視線をよこし、苛立ち混じりのセリフを吐き出す。

「プロシポさん。傷ついた者を助けるのは我々の使命です。足のない人には義足を与える。孤児であれば孤児院で育てる。相手が誰であれ手を差し伸べなければなりません。我々は剣であると同時に盾なのですから」

 男は「好きにしろ」とだけ呟き、その場を後にする。俺の目の前の男、ゲルハルトは立ち上がり、俺の手を引いていく。

「さあ、家なき子よ。これからは主と共に生きていくのです」

 そのぬくもりを今の今まで忘れていた。

 なんと愚かなことか。

 なんと独りよがりなことか。

「司教様……」

 最期の言葉が喉の奥から漏れ出る。かすれた空気の塊は自身の耳にすら届かなかった。


 彼の呼吸が浅くなり、聞こえなくなっていく。脈はもうすでにないようだ。僅かに残った蝋燭の光を反射して輝く瞳に気が付き、ゆっくりと瞼を閉じてやる。彼はもうこの世にはいない。生き返ることもない。

 シーラは踵を返し、集中を解く。全身を脈打つ血潮が落ち着き、髪の毛は再び白銀に戻る。入れ替わるようにひどい頭痛が彼女を苛み始めた。

 それでも行かなければならない場所がある。まず向かった先は教会地区の中でひと際静寂の漂う尖塔街。千本槍ともよばれるデュルガウム神教の教会群に囲まれた総本山、司教の居住する館である。尖塔には鐘が吊るされているが、まだ夜闇の深い時分で当然人はいない。窓枠を走るネズミにも気づかれることなく彼女は尖塔群を乗り越え、広い中庭へ降り立つ。丈の短い草が所々生えている以外は岩と砂だけの質素な空間にポツンと建つ粗屋。一本だけ聳え立つ背の高いサボテンは家屋より高く、自然の力強さを表している。

「遅かったの」

 質素な白いシャツに身を包んだ老人が岩の上から声をかけてくる。初めて出会ったときと同様の飾らない佇まいにどこか親しみを感じる。

「申し訳ございません、ゲルハルト様」

 彼は片手をあげて彼女の言葉を制し、遮る。家に入り、再び現れた彼の手には二つのコップが握られていた。

「その様子だと彼は最後まで自分の考えを貫いたようだな。何はともあれご苦労だった。今年はサボテンに実がついてな。果実酒が丁度できた。うまいぞ」

 彼が差し出したそれはとろみのある液体で満たされている。頭を垂れて受け取り、彼に続いて杯を傾ける。アルコールの突き刺すような香りが鼻を抜け、甘味が疲れた身体に染み渡る。

「教会で彼のような排他的な考えを持つ者が増え始めたことは以前より気になっていた。きっかけはネイロ王がプレーンズの諸氏族との交流を促進し始めたことだと思う」

「レイキールから少し聞きました。彼らを傭兵として起用し常備軍を減らすことで、国庫の軍事費や給与の負担を減らすことが狙いだと。必然的に教団に流れる資金も少なくなるとも言っておりました」

「それはラネクメネスにとっては耐え難いことだろうな。常備軍を減らすということはその指揮官も必然的に減らさなければならなくなる。すなわち、兵士やそれを率いる官位を持つ騎士階級を削減することにつながる。それは相互に関係している教会の影響力も削ぐことになる。彼らの寄進が減ることで教会の収入も減ってしまう」

 騎士の収入源は半分以上が官位に付与される給料だ。商人に出資して利子をもらう者や工房を運営する者、東の肥沃な土地を領地として治める者もいる。しかし財産を築ける者は一握りだ。大半の騎士は都市に建てられた兵舎の狭い個室や大部屋で暮らしている。

「王の施策によって三分の一が削減された。このまま強権を振るえば彼の正当性を保証する騎士階級の反発を招くことは必至だ。それどころか収入が減った司祭も団結して彼を引きずり降ろそうとするだろう。このままでは反乱が起きる可能性もおおいにある。彼は急に事を運び、自ら渡る綱に火をつけた」

「問題は彼がどうして急いだのか、ではないでしょうか」

 彼は長い鼻を撫でながら星空を仰ぎ見る。

「いかにも。都市の力を落としてでもこのプレーンズの諸氏族との関係強化を始め、彼らの力を強めようとしている」

 シーラは岩にコップを置き、彼に提案する。

「では聞きに行きませんか。彼に対面で直接会えば幾分か話しやすいでしょう」

「それは難しいだろうな。お互いするべき仕事が多すぎる。私だって自由に使えるのは床に就く前、瞑想などをする一時間ほどだ」

「ええ、王も同じようなものでしょう」

「しかし、彼と直接話したことはなかったな。相手の真意がわからなければ我々も動きがとれまい。近々会合を設けよう」

「お待ち下さい」

 コップを両手に家へと戻ろうとする彼はやや困惑気味に振り返る。

「まだ何か用があるのかね」

「次に取るべき行動は見えたではございませんか」

「それはそうだがすぐに決められることではない。そなたに急かされても話は進まない。そうだろう?」

「しかし自由に使える時間は今しかございません。ゲルハルト様のお休みの時間を削ってしまうことではありますが、王の屋敷へは数十分で行けます」

 彼は露骨に嫌そうな表情を見せる。

「まさかそなた、これからネイロ王に会えというのではなかろうな」

「そのまさかでございます」

 ため息をつき、たっぷり一呼吸おく。

「今から行っても衛兵に突き返されるのがオチだ。よしんば通されたとしても、こんな真夜中に尋ねるなど非常識にも程がある。相手にも夜のルーティンというか、親しい者との時間というものがあろう」

「しかし今回のようなことがいつ表面化するかわかりません。原理主義者たちが反王勢力と結んで反乱を起こすまで秒読みかもしれませんし、彼らにあなたが拘束されれば、どのような扱いを受けるか分かりません。ゲルハルト様の進めようとしていることを取り下げるだけで済めばいいのですが。それに」

 シーラは彼の目を真っ直ぐ見る。

「ひとつめの懸案事項については私が解消できます。陛下の下へ無事連れていくことをお約束します」

 後はあなたの決心次第です、そう付け加え彼の返答を待つ。彼はしばらく思案し、五分待てと彼女に告げる。草が擦れ、そよ風の音が耳元で囁いた後、ローブを纏った彼が姿を現す。

「行こうか。案内を頼む」

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