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Thousands of Tales After : Rise of the Assassin  作者: うっかりメイ
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第五話:The Rise of Assasin ─その二

 今日の夜空には半分顔をのぞかせた女神が床に就こうとしている。しばらくすれば星の瞬きに支配された更なる暗がりが訪れることだろう。兵舎の屋根から向かいの教会に男が入っていくのが見えた。彼女は懐の書簡を確かめ、仕事を始める。一陣の風と共に訓練場に降り立ち、塀を飛び越える。そして、見慣れた一軒の背の高い建物に入る。今日は二階の窓からではなく正面の重厚な木の扉を押し開けての入場だ。かつて仕えた司祭は相変わらず祭壇に飾られた数々の蝋燭に照らされながら祈りを捧げていた。革靴が床を蹴る硬質な音に気づき、彼は振り返る。そして視界に映った正体不明の闖入者の正体を即座に見破った。

「おお、ハスバウスよ。そなたがここにいるということ自体が罪深きことである」

「司祭様。いいえ、神の言葉を騙る異端者、レイキール・カイザスよ。私はコルストヴァの善良なる市民とそれを支える教会の言葉の下に任務を遂行します」

 彼女は一枚の封筒を床に滑らせて渡す。蝋で閉じられたそれを開封するのを見届け、言伝を添える。

「司教様よりこのように下知いただきました。南方遺跡の探求への妨害、および探索に尽力した諸人物の殺害、脅迫行為は教会内規範を大いに揺るがすものとして処罰が下されるものである。事実を認め、投降するのなら寛大な処置に帰す、とのことです」

 彼はしばらく肩を震わせていたが、いきなり罵声をあげる。祭壇に並べられた蝋燭が薙ぎ払われ、飛散する。石の床に転がる蝋燭は燃え続けるものもあったが、半分ほどは消えてしまった。

「あの軟弱なおいぼれめ! 自らの野心のために、忠実なる神のしもべを死に追いやるというのか。教会に異端の教えを受容することを許し、あまつさえ自らそれらを先導しようとするなど断じて許せん。糾弾されるべきはあの裏切り者の方だ!」

「レイキール。たしかに司教は外部からの力でもってデュルガウムの改革を画策しています。しかし司教は事実をすり替えることはしませんでした。都市に住む異端者を同じ教えを共有すると認め、都市の繁栄のために共存の道を探ってる。しかしあなたはどうかしら。市民の殺害を指示し、事実を隠蔽しようとした。そこに正義はあるの?」

「正義、だと?」

 彼の身体が僅かに膨れ上がる。

「道端に打ち捨てられていた私を司教様が拾い上げ、孤児院で育てた。私は生まれながらにして神に選ばれた存在だ! そこに正義など必要があろうか!」

 法衣が法衣が破れ、四方に飛び散る。青白い肌と隆起した筋肉によって一回り大きく見える体躯。かつて首があったらしい場所からは人の足ほどの太さの触手が伸びている。輝く瞳はエネルギーを帯びており、その性質は明らかに尋常でない。

「それがあなたの本来の姿……なわけないわよね」

「神は被創造物の姿かたちなど気にはされない。重要なのはこの身に宿した信仰心と献身である。そして貴様にはそのどれもが足りていない!」

 彼の胸元には黄金に光るペンダントが見えた。その特性は全くわからないが、前回も含めて触手を操ることが彼の主な攻撃手段のようだ。観察を妨害するかのように触手が鞭のようにしなり、彼女が先ほどまでいた石の床を叩く。

「まったく賛成するわ。真実をなかったことにするのが信仰だとか言うのならね!」

 マントと帽子を脱ぎ捨て、左右のブーツの脛に挟んでいたナイフを逆手に構える。臨戦態勢になるや否や矢のような勢いで攻撃の手が殺到する。シーラは横に跳んで躱しつつ、避けきれない触手を小手で弾く。直線的に空間を突き刺すそれは見た目に反して硬く、刃で傷をつけることは困難だ。それ以上に厄介なのは彼自身が拝殿内に設置された長椅子を叩きつけてくることだ。木製のそれは叩きつけられた拍子に破片が飛び散り、肌を傷つける。血を流せば動きは鈍くなる。手足に傷が増え、防御の際に右手のナイフを取り落としてしまった。床に落ちた武器は即座に弾き飛ばされ、彼の蹴りが腹に直撃する。彼女の身体は軽々と吹き飛ばされ、床に転がる。

「これが神の怒りだ。貴様のような小娘ひとりで食い止められるものではない!」

 彼は一歩ずつ起き上がろうとする彼女に近づく。

「やはり南方遺跡は聖域にするべきである。このような力を異端者どもが手に入れてしまえばコルストヴァは混沌と化すであろう。だが、我々がしかるべき方法で管理すれば神の光をこの都市にもたらすことができる。そして必ずや都市の統治者としてふるまうネイロという信仰心のない俗物を裁き、教会が都市を治めることとなるのだ。」

 近づくレイキールと膝をつくシーラ。彼の言葉に彼女は返す。

「それが貴方の目論見だったのね」

「いかにも。近年、都市は成長を遂げている。しかしその原動力となっているのはイエローグラスやプレーンズからの移住者だ。つまり異端者によってこの都市は侵食されつつある。その状況を作り出し、加速させているのがネイロの政策だ。神を奉じる市民の軍を縮小し、貿易路の護衛をエルドに乗った盗賊どもに任せようとしている。それに伴い教団に流れる資金も目減りせざるをえない。その交易路を拡大し、今度は北方の火山と砂漠に住まう蛮族には東の山々から金属を運ばせて必需品を大量につくらせている。おかげで市内の鍛冶屋はイエローグラス向けの農具の生産が減り困窮している。王は噂では行商人の訴えを聞き入れてこの神聖な地区に異端者の神殿を建てようとしている。石工たちは自身の手で見も知らぬ神の像を彫らされるのだぞ」

「そうね。それは大変なことよね」

 彼女は息を大きく吐いて足に力を入れる。

「分かってくれたか。貴様も神のために働く者ならこの背信は許されざる行為だと」

 ハイラ氏の工房が目の裏に浮かぶ。怒りのままに彼の言葉を遮る。

「ええ、よく分かったわ。あなたが市民のことなど毛ほども知らないってことをね」

「な、何?」

「デュルガウムへの信仰はいまや特権的な身分に紐づけられているわ。石工でその信仰を奉る者などいない。彼らの信仰は商人たちと同じ。専ら創造の神、マハザールへ向けられているわ。そんな彼らにとってデュルガウムは見も知らぬ、信じてもない神ね」

 彼は押し黙る。その表情は驚愕から徐々に怒りへと変化する。

「ふざけるな! それは一部の不信心者が苦し紛れに放った戯言にすぎぬ! コルストヴァは軍神の祝福を受け、ここまで発展したのだ。市民は当然デュルガウムを奉じているし、仮に貴様の言うことが真実であっても遠からずそうなる。そもそも教会には信者が毎日のように通っているのだ」

「ええ、当然よ。職業軍人は平時なんて暇だもの。それに王宮に勤める公人は祈りを捧げ、寄進をすることを美徳とされているわ。でも彼らたちだけが市民じゃないでしょ」

 押し黙る彼にシーラは声色を少し優しくする。

「あなたは神の信奉者に相応しい情熱を兼ね備えているわ。それは数日関わっただけの私でもわかる。その情熱を教会の発展のために活かすことができれば素晴らしいと思うの。だから」

 すぐそばで石が割れる音がする。後ろへ飛び退くとすぐ目の前で触手が空を切る。

「ここまできて司教に許しを乞えというのか。私は最後まで神に身を捧げる!」

「あなたの狂信ぶりには安心感を覚えるわ」

 シーラは左手のナイフを握りこむ。白銀の髪が血で紅く染まり、額から一対の角が現れる。強い意志を原動力に、心臓が限界を超えて身体中の血流を早める。

「これで遠慮はなしよ。存分に殺れる」

 感じることのできない風が吹き荒れる中、彼女は足元に転がっていた木の破片を投げつけ、右へ飛び出す。レイキールは木片で隠れた視界に向けて瞬時に触手を射出する。しかしなぜか触手には何も感触が伝わらなかった。おそらくうち漏らしたのだろう。そう思い、左手を伸ばす。そこには攻撃を避けるために身を深く沈めた暗殺者がいる。はずだった。

「そこに私はいないわ」

 衝撃と共に右足から力が抜け、膝が崩れる。身体が前に倒れると同時に胸に激痛がはしる。身体全体から力が抜け、地面に勢いよく倒れこむ。ペンダントは砕け散り、今までの貧弱な身体の感覚が戻ってくる。

「な、何が……」

「あなたは自分で考えて行動する。それは立派なことだと思うわ」

 冷たくなっていく身体に鞭打ち、彼女の姿を探す。

「でも周りのことなどお構いなし。自分の信じること、見たものでしか判断できない。それだけで世界が完結しているわけがないじゃない」

 声はすぐ近くから聞こえてくるにも関わらず、視界には入らない。

「ああ、主よ」

 薄れゆく意識の中、祈りの言葉を紡ごうとする。不明瞭になっていく言葉を血で染まった少女だけが聞いている。

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