第四話:砂漠に抱かれる魂─その九
「我ら神教は信仰を求め、コルストヴァの発展に尽くしてきた。先々代の司教の頃よりもたらされた都市の躍進は我らの誇りである。そして現在、我らの拡大と神の国へと至る道は探求のさなかにある。その歩みを一歩進めるために私はひとつ提案を持ってきた。それは神教をさらなる高みへ導くため、かつての兄弟を我らの同胞に招き入れることだ。具体的にはイエローグラスやプレーンズの賢人達との交流や討論を進め、我らの教義を高めることを目的とする」
静かな空間で司教の声がよく通る。聴衆は彼の一挙手一投足に見入っている。
「諸君の中には不思議に思う者もいるだろう。コルストヴァの外に神教はそれほど広まっていないのでは、と。その考えを今一度訂正したい。彼らはアポタイトやマハザールと呼ばれる同じ主を信仰するものたちである。今までの先達は彼らと同じ神を信じているが、彼らの理解が劣っていると断じ、デュルガウム神教の教義を確立・強化してきた。しかし今回の話を聞けばその疑いも晴れるだろう。だがその前に現状を確認しておきたい。現時点で我々は貴族や王の権威の神性を認め、彼らも神教を正しい教えとして寄進をし、研究を支えてくれている。しかしその共依存関係がこの先続くと確約されたわけではない。もし数百年前の災厄が再来し、この都市が落ちる時。我々はほとんど全てを失うだろう。そうでなくとも王や貴族が都市の民の支持を得るために他の宗派を選べばどうだろうか。貴族や教団の影響力を削ぐためにイエローグラスの諸都市との連合を画策する上でアポタイトの教えを受け入れることも考えられる。このように今の我々は信仰の研究に妨げになる要因となりうるものを抱えている。これはひとえに今までの教義では不十分だということを示している。そのために必要なことは新しい視点を取り入れることだ。それこそ同じ主をそれぞれの視点で論じてきた彼らの力が有用となる。今の考えを聞いて腑に落ちない者は多いだろう。そこで私の研究の一端を援用しようと思う。たとえば、各々の経典を紐解けば彼らの信じる先は我々と違わないことが容易に理解できる。『主は混沌の世に杖を突き立てた。世界は光と闇、動物と草木に分かたれた。次にその杖で空をかきまぜた。太陽が沈み、月が闇と共に現れた。時間が生命の寿命を司るようになった。世界を創造した主はあることに気づいた。自身と同等の存在である。ゆえに彼は自らの血と肉で男を作り、女を作った。そして命じた。地に栄え、海を満たし、空を覆え、と』。これはアポタイトの信徒が聖典と定める『太陽の書』の冒頭部である。これ以降は主がお休みになり、主の子孫である我々の時代に至るまで偉大な英雄の試練の話や当時同じ世界にいた異なる神を崇める民族との争いとそれに対する勝利、外界からの侵略を記述した章などが続く。この冒頭の一章は現在我々が聖典と定める『塔の聖典』とほとんど一緒である。彼らとの違いは後の章のうちどれを優先するかだけでしかない。アポタイトでは信徒が守る戒律や儀式に多く紙面が割かれ、マハザールでは英雄の冒険が大きく重視される。デュルガウムでは過去の戦争の記述が詳細に書かれており、現在でも歴史書として重用されておる。以上のことより、彼らとの対話がこの先の神教会に光明をもたらすと私は信じておる。では、この場に集まった信徒諸君との質疑応答に移ろう」
講堂を再びざわめきが支配する。真っ先に発言をしたのはラネクメネスだった。
「私は夢を見ているようだ、ゲルハルト殿。まさか教会を率いる立場のあなたが守るべき教義に疑問を持ち、ましてや異端者どもを招き入れるとは。嘆かわしい限りです。原点回帰するとすれば先々代の司教によってデュルガウム神教がコルストヴァの王によって唯一の教えだと認められた時に倣うべきでしょう。現在はその時からほとんど変わることなく受け継がれている。よって言うまでもなく達成されている。しかし二つ目はなんですか」
彼は口角から泡を飛ばしながら反論する。
「我々にとってデュルガウムこそが真の創造主であり、その命に従えば邪教徒や異端者を討ち滅ぼすことが使命である。これが真理でしょう。そして彼らを一掃した暁には主を信じた者が救われ、神の国に至る。しかしあなたは崇高なる教えを異端者の間違った教えに染めようとしている。これは明確な裏切りでありましょう。この者から即刻司教の位を剥奪し、裁判にかけるべきではないだろうか」
彼が振り返ると講堂のおよそ半分から拍手が湧きおこる。しかしジギオンをはじめとした教義に疑問をもつ司祭たちは眉ひとつ動かさず、穏健派と称される中立者たちはどちらにつくべきか注意深く観察している。
「まずひとつめは、先々代のハギウノス司教は現在のデュルガウム神教の基礎を為した人物であることは私も承知している。しかしそれは他二つと袂を分かつ前は元々ひとつの教えであり、かつてのグラチオン教がそれにあたるとお忘れか」
「そのような古き教えに戻ることは現在までの神学上の研鑽を否定することではないのか?」
「原点回帰とは古いものにそっくりそのまま戻すことを意味するのではない。デュルガウム神教として純化した主の神聖性と信徒間の平等性は誇るべきものだと私も思う。しかしその反面、排外主義的な側面や清廉とは言い難い権威志向と結びついた世俗主義は信徒たちの信仰を曇らせ、教えを低俗なものに至らしめるものだ」
「我々は信仰の探求に日々心血を注いでおります。司祭と司教、そして信者の間に身分の上下は一切ありませぬ」
ラネクメネスがなおも食い下がる。
「それはよいことだ。しかしそなたの管理する教会に高すぎる鐘楼が建造されつつあると聞いたのだが、心当たりはありますかな」
「あれは主への信仰の現れです。信者の寄進により建っているものです」
「なるほど。しかし事前に知らされた設計よりも明らかに高いと視察に報告を受けているのだが」
一瞬彼は眉間に皺を寄せ、視線を泳がせた。密告したものに心当たりがあるらしい。
「いえ、そのようなことは」
「司祭の間に上下はないといったが、北部での司祭たちの集会に呼ばれなくなったと訴える者が私の元に尋ねてきたこともあった。そなたの考えへの疑問を口にしただけで教会の”重要なポスト”とやらから外されたとの報告も受けている。それも一件、二件どころではない。百は超している。それに北部だけでなく西部の管轄教会にも横やりを入れているようであるな。先々代の司教の時代にはこれほど野心的に自分の地位を固めようとする司祭がいたと申すのか」
「司教様。それは誤解です。私はあくまでも司祭の間での秩序を保つことを第一に考え」
「そなたのふるまいこそが教団の秩序を乱しているように思う。我々は信仰の探求を行っているのであって政治にかまけている場合ではない。それは王や貴族の仕事である。後日調査の者を向かわせる。買収に応じることはないと思いたまえ」
彼は急に立ち上がり「急用を思い出したため、これにて失礼」と言い残し、講堂から足早に退出した。彼の顔は蝋燭の灯りでもわかるほど真っ赤に染まっていた。彼に従って代表者が数名、傍聴していた司祭のうち百名ほどが講堂を後にする。その中にはレイキールの姿もあった。ゲルハルトはその後姿を見送りながら若き暗殺者の仕事の成功を静かに祈った。
第四話、完です。
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