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Thousands of Tales After : Rise of the Assassin  作者: うっかりメイ
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第四話:砂漠に抱かれる魂─その七

 デュルガウム神教会は必ずしも上意下達の組織ではない。むしろ同じ考えを持つ司祭同士のグループ、いわゆる学派が活動的で、横のつながりが強い分権型の組織だ。司祭の間にはっきりとした階級差はなく、司教が教会の代表者として認識されているが都市の東西南北に置かれた大教会を管理する司祭の発言力も大きい。彼らの方が貴族や騎士との接点が多いからだ。そのような組織だからか、年に数回、司教の主催の下行われる教会会議はコルストヴァのほぼすべての司祭が集まり、激論を交わす。ここで多くの司祭の賛意を得た研究が今後の教会の活動に大きな影響をもらたし、時には教義をも変えてしまう。

 そして渇水の月、下旬に行われる会議の直前。デュルガウム神教が隆盛を極めんとする時代に司教の座についたその老人は休憩のために設けられた控室でジッと何かを考えていた。

「ゲルハルト様。ただいま参上しました」

 どこからともなくハスバウスのアサシン、シシリアが姿を現す。彼はやや驚いたように胸を反らすが、警戒をすぐに解いて話を始める。

「すまない。情けないことに、この段になって初めて今からやろうとしておることが深刻なことに思えてきての。少し話し相手になってくれぬか」

「ええ、私でよければ」

 彼の長い鼻はすっかり垂れ下がっている。

「私が司教に選ばれてまだ三年しか経っていない。前任者は二十年ほど、その前は五十年もやっておった。教会会議は前の代の時から参加しておったが、基本的にデュルガウム神教の教義の再確認とその維持に終始するばかりだ。一種のパフォーマンスと化しておる。教会権威が最高潮に達しており、コルストヴァこそが神の楽園なのだ、と。貴族の寄進により教会の金庫は常に満ち溢れ、誰も来世ではなく現世を享楽することに耽っていた。私が今からすることはその夢を打ち壊すことなのだ。これからたたき起こすことになるのは砂漠の音蛇よりも恐ろしい存在かもしれない」

 弱弱しく椅子に腰かける彼は以前話したときの溌溂とした生命力はなく、屍のように老い衰えた様子だ。

「しかし支持を取り付けた司祭はいますよね」

「ああ、ほんの数名な。後は教会の改革を求める者を味方につけてその勢いのまま日和見主義者を巻き込むしか勝ち目はない。権益を守ろうとする連中の攻撃は激しいだろうが、それに気圧されるようであれば誰も味方してくれまい」

「状況は相当に悪いですね」

「ひとりで仕事をするおぬしならどうする。強大な敵に僅かばかりな味方で挑む今回の論戦にどう臨む?」

 彼の質問の通り、シーラはひとりで対象者を抹殺する必要がある。かつて父に同行したように弟子をとっている場合や状況によっては誰かと組むこともあるだろうが、稀なことだ。

「私はまだ父からこの仕事を受け継いで日が浅いのでめったなことは言えません。しかし父の言葉を借りることはできます。彼なら“自分が弱いと理解しているからこそ道は開ける”と言うでしょう」

「弱い者は排撃される。それが社会の必然のように思えるが」

「いいえ。弱いからこそ目指すべき道に集中できるのです。父は自分の力量を十分に理解し、それを発揮できる場所で仕事をしておりました。屋敷内への侵入や入り組んだ路地での襲撃は彼が得意とするフィールドでした。逆に私は冷静さを失って敵と真正面からぶつかり、見事失敗したわけです」

 レイキールを討ち損じたことは確実に自身のキャリアに傷をつけたことだろう。しかしこの場にいないジギオンも含め、ふたりは自分を信じて今回の作戦に起用してくれた。彼女は半ば自戒の意味を込めて言葉を続ける。

「普通の司教なら自身の権力を振りかざせば誰もが靡いてくれると考えるでしょう。しかしゲルハルト様は自分の影響力が小さいことを知ってらっしゃる。すなわち自分の立ち位置がわかっているのです。それならば誰を味方につけるか、どう戦えばよいか分かるはずです」

 彼は目を閉じそれを聞いていたが、やがてたちあがり、彼女に背を向けて分厚い窓ガラスから差し込む光を浴びてしばらく沈黙していた。

「ずいぶん難しいことを助言してくれる」

「申し訳ございません。もっと景気のいいことを申し上げることができればよろしいのですが」

「いや、今は逆に現実を直視することができてよい。情けないことに弱音を吐く暇などないことに今更気づいた」

 振り返った彼はいくらか元気を取り戻したようだ。甲高い音が勢いよく鼻腔から吐き出される。

「おっと、忘れるところだった」

 彼は懐から巻かれた紙を取り出し、差し出してくる。紐と司教の印を押した蝋で止められた公式の文書だ。

「おぬしの仕事に必要なものだ。レイキールに反省を促し、司祭としての立場を守るための、な」

「そうでしたね。しかし、彼の頑なな態度を見る限り無駄なことのようにも思えますが」

「わしは道理を違えたくないだけだ。こちらの勝手なわがままだが付き合ってくれぬか」

「つい出過ぎたことを。謹んでお受けいたします」

 彼女は丁寧にそれを受け取り、懐にしまう。コルストヴァの中央付近に位置する唯一講堂のついている教会、コルス大聖堂の廊下でふたりは別れた。

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