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Thousands of Tales After : Rise of the Assassin  作者: うっかりメイ
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第四話:砂漠に抱かれる魂─その五

 中は労働者街でよく見るような四方を壁で囲んだだけの簡素な造りだ。ベッドもベンチも机も粗末なもので、とてもコルストヴァで大々的に信仰されている教えのトップの居室とは思えない。

「どうぞ、そこにかけてください」

 外に聞こえないようにするためか、その声は静まり返った室内でも辛うじて聞き取れるほどだ。机の蝋燭が灯され、彼の顔が照らされる。木戸もない部屋は僅かな灯りを受けて見た目より広く感じる。

「あの、ジギオンさんも外したのはなぜでしょうか」

「私は彼の能力を評価しておる。彼の思想も自分に近しい、とも。しかし私の果たすべき目的は彼にとって理想ではないかもしれない。そもそも教会内でも反対する声は大きいだろう」

「わかりました。私も口外しないことを誓います」

 老人と目を合わせる。口約束が当てにならないことなど彼女自身もよく知っている。しかし彼はそれを信じてみる気になってくれたようだ。

「私は教会に他の教派の者を招こうと思う。つまり、マハザール、アポタイトの学者を、だ」

「それは司祭たちが納得しないと思うのも無理はありませんね。特にレイキールのような原理主義者にとっては」

「当然そう思われるだろう。しかし今の状況を変えるにはそれしかない。司祭たちは貴族から多額の寄進をうけ俗世を謳歌して久しい。貴族の後ろ盾を得るということは軍事力を手に入れることと同義だ。力を手に入れた者が謙虚でいることは難しい。事実、神の名の下に執り行われる裁判では袖の下の額で罪が決められる」

 それは彼女も風の噂で聞いたことがあった。貴族が市民に対して損害を与えたとしても貴族はほとんどの場合、無罪となる。理由としては罪人を拘留し、裁判が開かれる教会に連れていくのは都市の警邏を担当する兵士であることに大きい。強固な縦社会である軍隊で指揮を担う貴族は慣習的に釈放されることが多い。そして逆のケースになると当然市民に重い罰が下される。デュルガウム信徒でないこともあり、その場合は更に悲惨だ。強制労働を科されるならましで、財産をすべて没収されたうえで都市を追い出されることもある。市民や兵士同士など所属する集団の力関係が同等であれば司祭に寄付をすれば勝ち目はあるが、それでよしとしている以上彼らに真実を追い求める姿勢はないだろう。

「我々は真実に寄り添って生きるべきだ。少なくとも私はそう思っている。そもそも歴史を紐解けばコルストヴァでは三教徒はお互いの存在を承認していたが、教会内の殆どの司祭がそれを認めない。あまつさえ根拠となる貴重な歴史書を偽書だとして焚書を実行してきた。発端は貴族のイエローグラス進出とそれを支援する神教司祭との癒着だろう。貴族にとって我々は正当性を付けてくれる都合のいいイコンに過ぎず、かといって歴代の司教たちはその見返りを研究ではなく自身の権力拡大に用いてきた。その結果、他の宗派は都市から追放された。神のご意志をくみ取るのは一生を捧げても足らない。それでも古代の司教たちから名もなき司祭までもがそれを追い求めて生きてきた。しかしこの数十年の都市での優越な状態が我々をここまで傲慢にしてしまった。彼らが研究の果てにたどり着くのは富と権力への執着と信仰への無関心であろう。このままでは遠からぬうちに天罰が下る」

 老人の熱弁は更に続く。

「そもそも古代において三教はひとつの教えから派生したものだと言われる。今となっては原始神教と呼ばれる世界だ。東の廃都市群にその痕跡が残っているらしいのだが、シーラ殿は聞いたことはあるか?」

 彼の熱量に気圧されるようにぎこちなく首を振る。彼は我に返ったようにコップの中身を口に含み、ため息をつく。

「すまない。少々熱くなりすぎた。先ほども言ったように私はコルストヴァからイエローグラスに跨る各神教を再びひとつに統合するべきだと思う」

「わざわざ分裂したのをなぜまとめるのですか? 彼らには彼らなりの取捨選択があったはずです」

「おぬしの言う通り。彼らはその地で重要視されている事柄に応じて教えを選別し、純化していった。作物を育てる伝統があるイエローグラスでは大地を観察し、暦に従って同じような行動が求められ、維持という美徳がアポタイトの教えを産んだ。北部の砂漠や火山、プレーンズといった過酷な環境では個人の才覚や閃きを重要視するマハザールが、そして外界への抵抗のために武力に重きをおくデュルガウムが興隆してきた。当初はその必要があったが、今はどうだ。外界からの侵略はなく、各教派の信徒はコルストヴァでもイエローグラスの諸都市でも入り混じっておる」

「それはコルストヴァが一帯の中心都市であるためではないでしょうか。土地や仕事をもらえない次男以下の者は食い扶持などを求めて各方面の大都市に流れていると聞いたことがあります。しかし、そのような者たちがデュルガウムの教えなど受け入れるでしょうか。現に教会の私兵たちと市民の間には溝があることを私も目の当たりにしました」

 ジギオンと同行していた聖戦士、バンスのことを思い出す。彼はジャックがアポタイト信徒であったことに対して激怒していた。それに対するジャックもどこか冷たいものであり、ハスラもデュルガウムの教えは必要ないとまで言っていた。

「その質問は最もなことだ。だが、尚更コルストヴァではデュルガウム神教が一強の状態を作ってはならない。各地から集まってくる若者は自身を育んだ教えを多かれ少なかれ抱いて生きている。そのような者に違う教えを押し付ければ当然反発が起きる。反発が起きれば不満がたまり、やがて内乱を引き起こす。都市の発展には一番不必要なものだ。必要なものは一体感という幻想だ。アポタイトやマハザールの教会を吸収し、彼らと我々の教えを再びひとつにする。デュルガウムの要素もあるが、自身の信じてきた側面もあれば受け入れやすいだろう。そういう教えを時間をかけて浸透させていき、徐々に統合神教にまとめ上げていく。それが都市だけでなく一帯に広まれば隣人を憎む人も減るだろう」

 とてもではないが、実現する話には思えない。話が進んだとしても膨大な時間が過ぎて失敗する可能性が高いだろう。現実的に考えて司教が音頭をとっても司祭たちはついていくか? そもそも他の教派の指導者たちが首を縦にふるか?

「シーラ殿。そなたの考えていることはおおよそ察しがつく。ただの夢物語だとな。だがこの話は持ちかけてみなければわからない。この試み自体、私が最初で最後になるかもしれない。それでもやらなければならないことだ」

「お気を悪くさせてしまうかもしれませんが、今ならレイキールの言っていたことの方が現実的なように思います。市民がデュルガウム信徒でないからこそ司祭による恐喝などが起こるのでしょう。それならいっそのこと他教派の方々を町の外へ追い出すことの方がコストも低いかもしれません。もしくはあえて目をつむって個別に対応するに任せてしまうのはどうかと」

「ジギオンもそう指摘するであろうな。しかし都市の労働者は残念ながらその他教派の市民が多数を占めている。追い出せば兵士の剣や盾は誰が作るというのか。改宗を強制すれば禍根を残し、目をつむっても問題を先送りにしているに他ならない。このコルストヴァを発展させるには今も昔も都市民の団結が必須であり、私は教派間の和解と統合こそがその解決策だと信じている」

 彼は長い鼻を震わせ、言い切る。その主張に思考を巡らせる。果たしてそれは可能なことなのか。考え始めた脳に待ったをかける。

 問題はそこじゃない。

 組織の話に首を突っ込むのはお門違いだ。あくまで自分が考えるのは市民のためになるのか。その一点だ。その観点で考えれば彼の主張は受け入れられるものだろう。市民は自身の信仰を失うことなく都市で生きて行ける。恐喝を受けることもいざこざで一方的な不利を背負うこともない。ふと同門の少年のことを思い出す。彼も肩身の狭い思いをしなくて済むだろう。

「司教様。貴方のお考えよくわかりました。一点だけお聞きしたい」

 彼が頷く。

「デュルガウム神教が他二つを統合すると力関係が生まれるのではないでしょうか?」

「それは私も危惧している。我々がイニシアチブをとるが、原始神教の内容に則って教義を定めていく予定だ。その過程で他教派の指導者との討論が必要となるだろう」

 詳細なことは何も決まっていない。まだ彼は自身の計画を相談する相手もいない状態なのだ。しかし彼女はいつもなら確約がないと一蹴するその将来性に賭けてみることにした。彼が実現させようとする世界ならエルは自由に生きることができる。そう信じて。

「ありがとうございます。彼の征伐を私に任せてください。必ずや成功させます」

 破顔し、差し出された彼の手をしっかりと握り返す。実行の時まであと一週間しかない。

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