第四話:砂漠に抱かれる魂─その四
パブを後にし、彼の後について行った先はコルストヴァの東部の中心地。天高くそびえる積層物の群れだった。雲を引き裂くかのような石の槍が幾千本も立ち並ぶその様は尖塔街と言われ、遥か昔の神話の時代に起源があるとされる。そこは外界からの災いに対する勝利のモニュメントであり、この都市の根幹を為すデュルガウム神教徒の聖地だ。
「ジギオンです。司教様に取り次いでください。例の件だと伝えてくだされば通じるので」
ローブとチェストアーマーを纏った軽装の聖戦士にジギオンが手続きを行う。二人の門番は門の向こうに来訪者の名前を告げ、司祭と謎の子供にしばらく待つように伝える。ジギオンと門番は顔馴染らしく、警邏中の街の様子や戦士たちの間で話題になっていることなどを話している。門の向こうから入るよう促され、二人は複雑に曲がりくねった廊下を通り、内部へと進んでいく。そして不意に星と欠けた月の光と同時に夜の空気を肌で感じた。尖塔街の中心、中庭にたどり着いたのだ。そこはどこか懐かしい、イエローグラスの草原を模した景色が広がっていた。硬く、ごく短い草が一面に生えた静かな空間。その中央にジギオンより高いサボテンが生え、傍らにポツンと建つ粗末な小屋も違和感なく溶け込んでいる。
ジギオンは小屋の前に佇むひとりの老人にかけより、ハグをする。
「司教様、瞑想の時間を割いていただき感謝します」
「よい。そなたの話は重要なことばかりだと承知しておる。さて、そこの人もこちらへ来なさい」
二人は石の椅子に座り、司教と呼ばれた老人から温かいハーブティーをもらった。爽やかな香りと共に身体の芯から温まる。乾燥し、寒い砂漠の夜にはぴったりの飲み物だ。
「その様子から説得はうまくいったようだ」
彼は皺の寄った長い鼻を撫でながらシーラを観察する。
「ゲルハルトだ。君がハスバウスの後継者だね」
「はい、シシリアと申します。よろしくお願いします」
差し出した彼の手を握り、軽く振る。穏やかな目の色をした老人だ。
「さて、本題に入ろうか」
ジギオンが南方遺跡の調査結果とレイキール司祭について調べたことを報告する。とくに司祭については南方遺跡の調査を行っている市民、とりわけ学者の暗殺を繰り返していること、信徒を集めて独自の祭事を行い、勝手に寄付を募っていることが対処事項として述べられる。そして調査中ではあるが、地下に施設があり、外部との接続を確立しているのではないかということを報告する。
「最後はまだ未確定ですが、シシリア殿の証言により地下に牢があることは確かなようです」
ゲルハルトは彼の報告を静かに聞き、頷いていた。ジギオンは教会内では諜報を担当しているのだろう。そしてその立場は教会のトップにほど近いように感じる。
「この前の遺跡の件も勘案するとなるほど。彼が反体制派の主要メンバーのひとりだということに納得がいく。そこまで確定できればシシリア殿に彼の処罰を執行してもらうことができるな」
「よろしいでしょうか」
彼女の上げた手に司教が頷いて発言を促す。
「私はここ三日ほど休養しており、ヒポリタス……つまりレイキール司祭についての情報は皆無です。あくまでも推測ですが、私が暗殺に失敗した後、しばらくどこかに雲隠れしているのではないでしょうか。あの教会が外部とつながっている可能性があるなら尚更かと思われます」
あの晩、自分の判断であの司祭を始末しに行った。彼が教会に翻意を意図して計画を立てているとしたら、あそこに留まる選択はしないだろう。
「それは私も危惧しております。本当にタイミングが悪いことですな」
ジギオンが恨み節をいう。口角の角度に反して目は微塵も笑っていない。
「とはいえ、あなたのおかげで彼の強力な実行部隊と護衛がいなくなりました。勢力としては少数ですが、両者ともコルストヴァにおいては有数の実力を持っていましたから。他に数名雇っていたようですが、彼らの辿った結末を見て契約を切ったようです」
レイアはともかく、メノフと名乗った男はどうにも実力の程度が低い。現に彼女の知る範囲では二人もその場で殺し損ねている。レイキール司祭は表で名の知れた人物としか繋がりを持っていないのかもしれない。
「実はもうすでに準備はできておる。一週間後にコルストヴァの司祭を集めて会を催す予定だ。もちろん彼も呼びつけておる。それに会の後に彼の下を訪ねるとも通達しておる。真意が判明するまでは若手の中で勢いのある司祭だったから気になっておったのだ。そのタイミングで始末してほしい」
「きわどい計画ですね。もしかしたら司教様が殺される可能性があったかもしれない、と」
集会を開く時点では本当に話を聞くだけのつもりだったのだろうか。彼女自身も同じような印象を持っていたことを思い出す。初めての依頼を報告に行った時も彼は都市の秩序や自身の信仰を追い求める清廉な聖職者に見えたものだった。
「私も彼については危険人物であるとの認識はありませんでした。調査の優先順位も低いもので、市井からの声を元に他の司祭の動向を追うまでは調査対象の候補にすら挙がりませんでしたから」
ジギオンもうなずいている。司祭としての働きは相当なものだったようだ。
「それでは改めて、シシリア・ハスバウス殿。このゲルハルトに力を貸してはくれまいか」
「このジギオンからもこの通り、頼みます」
「お、お二人とも、私のような者に……」
二人が頭を下げ、シーラは慌てて止める。彼らの依頼は彼女の決意そのものであり、二人はそれを遂行する場を設けてくれたとまで言えるからだ。
「報酬は私から出す。ただ、シシリア殿には当日は私の代行として彼に会ってもらいたい。だが、彼の処断の前にはこの書簡を渡してほしい。君が彼との間に何か事情があるのは個人的な襲撃を実施した件で察したが、今一度彼に温情をかけて降伏を勧告してほしい」
「彼を逮捕したい、ということですか。あくまでも教会内で処理をするスタンスをとっている、と」
「私がこれから先司教としてやっていくにはそれがいい。組織内での対立の解消のために暴力で解決すれば遺恨を残す。シシリア殿を用いるケースはできる限り避けるべきであり、今回は本当に最終手段だ。つまり、それほど状況は切羽詰まっておる」
「失礼を承知でお聞きします。あなたは司教としてデュルガウム神教を、コルストヴァの市民をどう導くつもりですか」
暗殺者、殊にハスバウスの家名は使い捨てではない。少なくとも彼女自身はそう思っている。特に市民に忠を尽くすのであれば依頼者の考えをはっきりさせておかなければならない。
「彼はコルストヴァに住む市民が全てデュルガウム神教徒であることを目標としております。そのために私は教会を批判した老学者の殺害に関与し、それに協力していた探索者も彼の手の者に殺されました。ひとえに彼の真の目的を知らなかったためです。しかし彼を止めようと動いていることだけがあなた方の依頼を受ける理由にはなりません。どうかご理解下さい」
自分の役目が汚れ役である以上、頼まれたことを素直に受諾することはできない。何も考えずに依頼をこなした結果が先日までの結果である。
「わかった。中で話をしよう」
ゲルハルトはジギオンにその場に残るよう命じ、彼女を小屋に招き入れる。




