第四話:砂漠に抱かれる魂─その一
目を開くと、見覚えのある石碑が目に入る。父の眠る、メイラーク高原にある墓地だ。コルストヴァもアリュンシオンに並ぶ数々の頂も望むことができる景勝地。しばらくすればジャックもここに来ることだろう。本日も老いぼれた聖職者が祈りを捧げ、数人の葬儀屋が一日かけて集められた遺体を布に巻いて油をかけ、大きな窯で焼いていく。灰は人数分の小さな壺にそそがれ、順に死別の言葉を受ける。そして碑の周りに撒かれ、風と共に散る。そうしてこの大地で生まれ、死んだ人々の肉体は大地に積み重なっていくのだ。都市が建てられた頃から連綿と続く庶民が生きた証、塊として残る最後の瞬間。父のヴァルギリウスも大地に広がり、これまで亡くなった市民たちと共に生き続けている。そして、ジャックやハバロフスクもやがて。
「今日はずいぶんとボロボロだな」
天頂に差し掛かった太陽の光がまぶしすぎる。シーラの目の前に立つ父の顔は丁度陰になって表情も見えない。彼女は頷く。
「ええ。今日ほど酷い日は初めてよ。変な女に殺されかけるし、自分が持ち帰った遺物のせいでまた死にかけたのよ」
「誰だって生きていればそういう日もある。俺たちはその結果生死を彷徨う羽目になるってだけだがな」
笑いながら父は彼女を慰めともからかいともつかない言葉をかける。彼との距離は握手が届かない絶妙な距離だ。足を一歩踏み出せば届くが、彼はそれを望んでいない気がした。
「あの日も?」
「あの日、か。心当たりがあるようでないな」
「父さんが死ぬ前」
「ああ、あの日か。誰かに背中を刺されて手当てをしたが、血は止まらなかった。もしかしたら家にたどり着く前に死んでいたかもな。あれはかなり強力な毒だった。徐々に近づく死神の気配が本当に恐ろしかった」
「そして父さんはあの日命を落とした。運が悪かったのよ」
「だがお前の声を聞くことができたし、最期を看取ってもらえた。それだけで少なくとも最悪の日ではなくなった」
沈黙が少しの間流れる。彼と話したいことは山ほどあった。何で自分を拾ったのか。マリアのことはどれほど思い出していたのか、ジャックのことはどう思っていたのか。しかし言葉が上手く出てこない。どれを語るにしてもお互いの時間が足らない気がした。
「ねえ、父さんは何を考えて仕事をしていたの?」
最近思うようになった疑問をぶつける。
「何を考えてた、か。改めて言うと結構恥ずかしいな」
彼は照れ隠しに頭を搔きながらも教えてくれる。
「俺はずっと家族や友人のことを考えてた。依頼を遂行するために依頼人の要望を極力優先するが、そいつはあくまでも赤の他人だ。信頼関係を築いてこちらに不利のないように立ち回ることは大切だが、そもそも俺のやっていることは表立って言える仕事じゃない。本当に優先するのはシーラ、お前だ。お前が生きているだけで俺の生きてきた道に意味があるんだ。俺のしてきたこと、この生き方そのものを捨ててもいい。その時はお前が自分なりの生き方を見つけたってことだからな」
風が山肌に沿って駆け上がる。乾いた空気と砂の匂いがシーラの視界をにじませる。
「父さん……」
「俺は決して優秀な仕事人じゃない。お前が俺と同じ道を歩む必要もない。ただ何かしら学んだことがあれば嬉しい」
そろそろ夢の終わりが近づいてきたらしい。辺りの景色が眩い輝きを持ち始め、彼の姿が消えていく。彼女はその姿を脳裏に焼きつけながら叫ぶ。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
言葉が口をついて出るたびに、胸につかえていたものが取れた気がした。消えていく残像に何度も繰り返す。あのときリビングで言えなかったその言葉を今更発することに罪悪感がないわけではない。しかし、今を逃せば永遠にその言葉を口にすることができなくなる。そんな気がした。目の端に熱いものが際限なく流れる。滲む視界に光があふれ、彼女は思わず拭う。




