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Thousands of Tales After : the Rise of Assassin  作者: うっかりメイ
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第一話:事の始まり─その二

 全身油まみれのまま、ひとつ上の階の床をゆっくり持ち上げる。床はメンテナンス用に一部が取り外すことができるようになっている。彼女は静かに床から這い出ると穴を元に戻す。下の階と違い、様々な調理器具が置かれている。どれもきれいに手入れされており、生活力の高さが伺える。独居老人にしては几帳面でグルメな性格だ。研究者はすべからくだらしない生活をしていると思っていたが、どうやらここの住人は違うようだ。そこまで考えてひとり笑みを漏らす。相手を観察するのは大事だが、これから消す人物のことに詳しくなる必要はないだろう。

 扉をゆっくり開き、暗い部屋に浮かぶ蝋燭の灯りを確認する。彼はそこにいた。足音を消してテーブルを回り込み、彼の背後に立つ。

「丁度キリよく論文を書き終えたところだ」

 彼は疲労を感じさせない、張りのある声を上げた。目の前の成果を非常に喜んでいるようだ。

「では君の仕事を済ませてくれたまえ」

 彼女は右腕の布の隙間から取り出した細く長いナイフを構えながら固まった。なぜか存在を勘づかれている。彼女の戸惑いを察知した彼は薄く笑う。

「どうした。教会の人間に依頼されてきたのだろう? もっとも君がこの部屋に入ってきたのには少し驚いてしまったがね」

 彼は立ち上がり、彼女に向き合う。

「君のような者が来ることは事前にとある人物から忠告を受けていた。大まかな日付だったのでできるだけ仕事を早く終わらせたのだが、予想以上にそちらの動きも早かったようだ。残念ながら私には対抗できる手段がないのでその刃を甘んじて受けよう。さあ、迅速に君の仕事を済ませるがいいさ」

 彼の言葉には少し引っかかるものがあるが、彼女は一、二歩で歩み寄り、彼の肋骨の下から刃を滑り込ませ、心臓を突く。口に当てた手の隙間から血液と共にくぐもった声が漏れる。彼女は膝を払い、足を折り、素早く背後に回り込むと喉を掻っ切った。地面に多量の液体がこぼれる音が数度。力が抜けた肉体を静かに地面へ横たえると静寂が辺りを支配した。ナイフに付着した血液を死人の服で拭い、再び布の隙間に戻すと、キッチンへ身体を向けた。

 彼女の視線の先には何か煌くものがあった。恐怖と危険を告げる本能に従い、手近にあったインク瓶を投げつける。蝋燭の炎に照らされて飛び掛かる何者かの腕が黒く塗りつぶされる。そのまま至近距離での格闘を強いられる。相対する者の表情は絶え間なく揺れる炎のなかで定まらず、身長が低いこと以外は全くわからない。それでもひとつ感じたことがある。打撃を防ぐ乾いた音が響き、呼吸を整えるためにお互い距離をとる。

「あなた、誰?」

 まるで自分と手合わせしているようだった。相手がもう少し体格がよければ負けていたかもしれない。そこにはオレンジ色の炎に照らされた痩せ気味の少年がいた。

「ん? ヴァリィおじさんじゃないのか」

 彼の言う人物の名前には聞き覚えがある。

「その組打はどこで誰に学んだの?」

「近くの広場でおじさんに勉強と一緒に教えてもらってた。時々ハバロフおじさんに会いに来てたんだ」

 そういって彼は彼女の背後に目をやる。そこには血まみれで倒れている老人がいる。

「あー、お取込み中だったか」

「自分の親が殺されたのにずいぶんと平気なのね。その冷徹さもヴァリィとかいう人に教わったのかしら?」

 彼は首を振りながら彼女の横を通って老人に歩み寄る。そして見開いたままの目を閉じてやる。

「ちょっと事情があってさ。それに君もおじさんに遺体の最低限の処理も学ばなかったの? 目を開けたままじゃ安らかに死ねないって」

 生意気な少年だと思った。しかし、その言葉で確信する。彼とは同じ師をもつ間柄だと。

「君、じゃないわ、シシリアよ。あと、兄弟子なんだから私には敬語で話しなさい」

「あ、師匠が言ってたシーラって姉ちゃんのことか。僕はエリオダス。気軽にエルって呼んで」

 全く態度を改めない彼の様子にシーラはため息を漏らす。初対面の人に対する礼儀を師匠は教えこまなかったようだ。


 彼が机に置かれた紙の束を懐にしまうのを待ち、家を後にした。しかし今度は彼の処遇に困ってしまった。自分の家はここからかなり遠い。できれば一時的にでも預ける場所が欲しい。

「ねえ、あなた行くあてはないの?」

「うーん、近くにおじさんの知り合いがいるけど今は寝てると思う」

「わかったわ。私は一度仕事の報告に行かなければならないからそこに行ってくれるかしら」

「えぇ、今日行かなきゃダメ?」

 露骨に嫌そうな顔をする彼。苦手な人なのだろうか?

「何か問題でもあるの?」

「夜中に起こすと物凄く不機嫌になるんだよね、あの人」

「寝てるときに無理やり起こされて気持ちいい人なんているわけないじゃない。仕事が終わったら私も行くから」

 知り合いの住所を教えてもらい、先に向ってもらう。私はその背中を見送り、雇い主の許へ急ぐことにした。屋根を伝い、労働者街から兵舎、教育施設、人々が集まる広場などの巨大な建造物や空間が特徴の区域を経由する。そして軍神デュルガウムの立像や数百もの尖塔を擁する大教会、宮殿などの宗教施設や行政施設が集積するコルストヴァの中心街へとほぼ一直線に走り抜ける。

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