第二話:影を追い、エルドに揺られ─その七
「……ちゃん……-ラ……シーラ姉ちゃん」
聞き覚えのある声が聞こえる。目を開くと、眩い光と人影が見えた。明順応した視界でようやく声をかけてきた存在の正体が判明した。コルストヴァにいるはずのエルだ。なぜここに? 身体を起こすとなぜか墓地にいた。コルストヴァの北西部に位置するアリュンシオン連峰のひとつ、メイラーク高原にある場所だ。大都市を眼下に、遥か彼方にあるアリュンシオンの頂を眺めることのできる景勝地。老いぼれた聖職者が祈りを捧げ、数人の葬儀屋が一日かけて集められた遺体にまとめて油をかけ、竈で焼いていく。灰は砕かれ、人数分の器にそそがれ、順に死別の言葉を受ける。そして碑の周りに撒かれ、風と共に散る。そうして死人の肉体は大地にうっすらと積み重なっていくのだ。父のヴァルギリウスもそうなったはずだ。しかし視線の先にはその彼がいた。
「父さん!」
久々に見る彼の姿に駆け寄ろうとする。しかし、足は思うように動いてくれない。理性が彼の死を突き付ける。これは幻、夢だ。彼が生きているはずない。
「姉ちゃん、僕もう行くね」
ではなぜエルは彼の下へ行こうとしているのか。そこにいるべきなのは私ではないのだろうか。彼の表情はエルより深い闇に閉ざされ、その欠片すら窺うことも叶わない。
「ダメ! 行っちゃダメ!」
なぜエルはそちらの、光の差す方へ行っているのか。彼は既にこの世にいないのではないはずだ。しかし、その答えは当然わかっている。少年の軽やかな足取りからそんなことわかりきっている。
私が彼の、父の代わりに向こうに行けばよかったんだ。
肩に何か重たいものがのしかかる感覚に襲われる。死神の手に掴まれているのではないかと感じ、自分の呼吸が乱れる。しかし、それでも必死に振り払おうとする。
「でも私は……」
死への恐怖、生への執着によりもがく彼女に後ろから暗闇が襲い掛かる。身体が徐々に熱くなっていくのを感じる。油をかけられ、今から燃やされるのだろうか。
「私はまだ死んでない!!」
視界が暗闇に閉ざされていくが、同時に赤い光が満ちていく。そうだ、私は
「まだ生きてる!」
ガバリと身体を起こす。鈍い音と共に目の前に星が走る。
「~~ッ!!」
「痛っつ! って大丈夫か、シーラ?」
そこには少し涙目となりつつも、こちらを心配そうにのぞき込むジャックの姿があった。
「ごめん、ジャック。でもなんでここに?」
彼と同様に額に鈍く痛みが走る。しかしそれ以上に驚きが勝る。いつの間にか、被っていた毛布を肩まで引き上げる。彼が持ってきてくれたのだろうか。そんなことを考えていると、銀色に輝く筋が視界の端に入った。紐が切れてまとめていた髪の毛がばらけてしまったらしい。いつもより寝相がわるかったのだろうか。彼女の様子にジャックは半笑いで答える。
「村長の話を聞いた後からちょっと様子がおかしかったから気になってね。気のせいじゃ……なさそうだな。汗びっしょりだぞ」
「大丈夫よ。遺物は手に入れることができたわけだし、あなたへの依頼も明後日コルストヴァに帰ればおしまい」
シーラは平静を装い、探索の終了を宣言する。しかしジャックは
「なら少し、俺の話を聞いてくれないか」
彼にしては珍しく緊張した面持ちだ。無言で見つめ返す彼女を肯定したと捉え、手近にあったスツールに腰を下ろす。




