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Thousands of Tales After : Rise of the Assassin  作者: うっかりメイ
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第二話:影を追い、エルドに揺られ─その六

 たどり着いた先は広場の中央に焚火台が置かれた小さな村だった。先ほどから香っていた妙に気持ちの落ち着く匂いはここから発せられていたらしい。南方遺跡の先に人の住むところがあるとは予想していなかったため、シーラは自分の目を疑った。その村には石を積み上げた簡素な造りの家が数軒あり、ジャックはそのうちの一軒にためらいなく入っていく。中はリビングがあり、机に老夫婦が座っていた。

「こんばんは、村長」

 白髭を蓄え、痩せた男が立ち上がる。その鋭い視線はジャックの声と姿を一致させると即座に緩んだ。焚火に照らされた男の顔から彼らはずいぶん親しい間柄のようだ。

「おお、ジャック殿。遠いところからよくぞ来なすった。どうぞ、椅子へ。タリア、何か食べ物を出してやりなさい」

 彼は二人をテーブルに案内し、椅子を引く。ジャックは帽子を胸にあて一礼し、着席する。シーラも彼に倣う。

「突然押しかけてすみません。この子にこの村の存在を知ってもらいたくてね」

 老人は興味深げにシーラの顔を覗き込む。

「ほう、そうですか。君の名前は?」

「シシリアです。シーラとお呼びください。ジャックとはどういう関係でしょうか?」

 横からスッとコップとラップサンドが置かれる。タリアと呼ばれた夫人が出してくれたものだ。村長同様に笑顔を浮かべる彼女に感謝を述べる。コップからは湯気が立ち、荒甲麦の香ばしい匂いが漂う。彼女が淹れてくれたもののようだ。サンドのほうも野性味溢れるスカンクの肉と独特な苦味のタニノギクの葉、炒めたキノコが挟まれ、遅れてベリー類で作られた甘いソースが全体を包み込む。

「彼は数年前にここを訪ねてきた。かつてタリウストヴァと呼ばれていた廃墟を抜けてな。ここへはワシらの祖先が作ったお守りを探すついでにたどり着いたと言っておったかの」

「お守り?」

「お守りってのは遺物のことだ。いやあ、そんなに前のことでしたか。しばらく顔をお見せできなくてすみません」

 ジャックが懐かしそうに話をする。かなり前からここの存在を知っていたようだ。シーラは純粋な疑問を口にする。

「あの廃墟は誰がどのような目的で作ったのですか?」

「あそこにはワシがほんの小さい頃、暮らしておった。コルストヴァから流れた沢山のアポタイト教徒が建設し、暮らしていたのだ。しかし化け物が頻繁に出てくるようになった。シーラ殿もみたかの?」

「ええ。もう少しで死ぬところでした」

 小さい歯が並んだ黒い空間を思い出し、身震いをする。村長は笑い、続ける。

「そうかそうか。ならわかってくれるだろう。あれは普通の人では太刀打ちできぬ存在だ。街の住人はあやつらに襲われて多数が命を落とし、生き残った者たちは周囲にばらばらに散らばってしまった。その後の調査でわかったのだが、あやつらは一定数以上家が集まる集落や街に出没し、そこの住人を喰う習性があるらしい。そしてわしらは集落の家の上限を決めて細々と暮らしておる」

 あの廃墟は一種の囮なのだ、と彼女は理解した。あの廃墟で人が暮らしていたことに何かが引っかかる。エルはあそこから来たと言っていなかっただろうか。

「そういえばジャックはここから男の子を連れて行ったりしてない?」

「ああ。エリオダスのことか。たしか学者先生に預けてたな」

「エルのことかね。彼は元気にしておるか?」

 彼はさしたる反応も見せずに頷く。村長も懐かしそうに眼を細める。

「はい。彼の言う通り、ある学者に預けられていました。もしかして彼はこの村の子だったのですか」

「いかにも。彼はまだ赤ん坊のころに父親を亡くしてしまっていてな。母親も彼を産んだ時に亡くなってしまった。それからは村の大人たちで育てていた、身寄りのない子じゃった」

「やはりそれも化け物の仕業ですか」

「父親はそうだ。タリウストヴァがあるとはいえ、狩りや野良仕事の最中に遭遇することは稀にある。村の中心には常にあやつらが嫌う匂いを出すお香を焚いているが、その範囲外や風上は保証できぬ」

「そうだったのですね。しかしなぜ外から来た見知らぬ人に預けたのですか?」

「その疑問はごもっともだ。ワシも当然反対した。ジャックは顔なじみとはいえ、この村で育てているまだ小さな子を他所にやるわけにはいかない。しかし、当のエルはジャックではなく共に来ていた男に興味を持っていた」

「それは……いったい」

 その人物の名を聞くことが恐ろしい。背中を何か冷たいものが這い上がってくる気がした。

「たしか、ヴァルギリウスといったかな」

 横をチラと見るとジャックは諦めたように天井を見上げていた。もしかしたら隠しておきたかったのかもしれない。

「父が、エルを……なぜ?」

 唇が渇いているのを感じる。なぜ彼はエルを連れて帰ることになったのか。

「そうだな、エルに才能があると言っていた。天性の勘がある、と。求めていた才能だとも。そして熱心に引き取らせてほしいと頼み込んできたのだ。彼は都市の平和に欠かせない存在だ、と言われてな」

 出会ったときの組手の感触がよみがえる。こちらの一挙手一投足をわかっているかのように打撃を繰り出す彼の姿。体格と練度を積めば到底敵わないことを予感させる、その才能を父は見抜いていたのだ。

 私ではなく、本当は彼を後継者にしたかったのではないか。

 目の前の光景が灰色に覆われていく。懐かしそうに話す村長も、暖炉にくべられた薪を燃料に輝くオレンジの炎も。ジャックはそんな私をただ見つめている。表情は暗すぎてわからない。その暗闇の下で憐れむような視線を向けているのだろうか。

「村長、彼女は少し疲れているようです。今日のお話はこの辺にしておきましょう」

 ジャックの声が頭上を通り過ぎる。シーラは小さくお礼をいい、夫人の案内で客室に通される。部屋のベッドに身を投げ出し、思考を整理しようと努力する。しかし、自分でも驚くほど嫌な方向へ思考が流れていく。

 私にハスバウスの名を継がせ、誓約を伝えたのは一時的なものなのかもしれない。本当はエルに継承させたかった。死に際の彼が伝えた「為すべきことを為してくれ」という言葉は誓約に則りハスバウスとしての任務を遂行するのではなく、エルを教育し、彼に家を引き継いでほしい。そう言いたかったのではないだろうか。

「何やってんだろ、私」

 父は最後まで他人から盗むように見様見真似で精神世界を作り上げた私を許さなかったのではないだろうか。本当は預けたくない家名をひとりしかいない娘だからという理由で渋々、私に預けたのだろう。だからせめてもの願いとして「親友とやり残したことがある」などと意味深な言葉を残し、彼の来歴を辿らせ、エルの能力の高さを突き付けようとしている。私が自分からそれを認め、彼の思惑通りにしてくれると考えて。

「もう、どうでもいいことだわ」

 腕で目を覆う。袖が少し冷たく感じる。視界が暗くなると、思考も徐々に沈黙していく気がした。

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