第二話:影を追い、エルドに揺られ─その五
盗賊たちの遺体を部屋の隅に並べ、手を合わせてやる。本来であれば火葬をするのが一般的だが、そのための燃料はない。そのうち鳥についばまれ、腐り、土となるだろう。二人がその場から離れようとした時だった。
「危ねえ!」
ジャックがシーラに体当たりをした。彼女の身体はドアを破り、通りに投げ出される。受け身をとり、彼の方を見ると何か大きな黒い塊がうごめいている。建物の中から彼が飛び出し、その背後から異形の生物が壁を壊して出現する。それは表面がぬらぬらと光り、足が八本生えた奇妙な造形をしている。胴体の先から突き出た頭はごく小さく、数本の毛のようなものが生えている。
「何あれ!」
「よかったな、あれはマゼカスタってやつだ! 嬢ちゃんが会いたがっていたサムクチルだぞ!」
「あんなキモイの予想してないわよ!」
マゼカスタはその大きな図体に反して、地面を蹴り素早く飛び掛かってくる。下から見ると胴体がぱっくり割れ、中に細かく鋭い歯がびっしりと並んでいるのが見える。ふたりは左右に分かれ、シーラはその生物の動きを観察する。しかしその反応の遅さが致命的だったらしい。それはどこについているかわからない目を巡らせ、一瞬の間でシーラに狙いをつける。毛のついた先端を彼女の方に向け、細い足に力をこめる。彼女は先ほどの家とは坂道を挟んで反対側の家に飛び込もうとしたが、八本のうちの一本が伸び、強かにその身体を打ちすえる。通りに引き戻され、腹部を強く打った彼女はうめき声をあげつつも立ち上がろうとする。顔を上げると視線の先には赤黒い空間がぽっかりと口を開けていた。
「あ……」
最期の言葉が情けない一言になっちゃうな、とどこか現実逃避気味に思いながら瞼を閉じる。
「ったく」
一向に来ない痛みを覚悟しながら待っていると、聞き覚えのある声がした。ジャックが自分の目の前にいるのだろう。恐る恐る目を開けると、そこには。
「親子そろって世話が焼けるな」
ジャックらしき男が声をかけてくる。というのも声も姿形も彼なのだが、マントを脱いだ上半身が炎のように輝く美しい毛並みに覆われている。頭部は特徴的な耳と鼻に変化し、そこには一匹の人狼がいたのだった。
「嬢ちゃんはそこで休んでろ。さっさと片付けてやる」
彼は足をつかんでいる手に力をこめる。マゼカスタは胴体を震わせ、他の足で彼の身体を打つ。しかしその衝撃は豊かな毛並みと鋼の筋肉に阻まれ、ダメージは与えられないようだ。
「フッ」
短く気合を入れ、手を握りこむ。肥大化し、硬質化した爪が固い外骨格を割り、つかんでいる足を切断する。その巨体に似合わない金切り声が響き、シーラは耳をふさぐ。ジャックは顔を顰めつつもその角張った胴体に横回しに蹴りを入れ、無理やり地面に倒す。起き上がる隙を与えず先端の球を切り離し、振り払われた足を爪で切り払う。三本の足を失い、立つこともままならないその生物に彼はゆっくりと近づく。弱弱しいうなり声をあげる口の中に手を突っ込み、両腕に力を籠める。抵抗虚しく肉が引きちぎられ、外骨格が割れ始める。致命的な音とともにそれは真っ二つに裂けた。うなり声はいつの間にか消えてなくなり、肉を引きちぎる代わりに重たい物体が地面に投げ出される音が砂埃と共に静寂をもたらした。
「大丈夫か、嬢ちゃん」
肩で息をする彼は半裸だという点を除いては、いつもの姿に戻っていた。
「ええ。なんとか直撃は避けられたから」
腹部の痛みは治まり、吐き気もない。内臓へのダメージはなさそうだ。彼の手を握り、起き上がる。
「それにしてもジャック強いのね。ただのうだつの上がらないおじさんかと思ってた」
「初めの評価がひどいな。それにおじさんって言われる年齢じゃないはずなんだけど」
「じゃあうだつのあがらないおっさん?」
「なんかさらにひどくなってない?」
「それに、親子そろって、って言ったよね」
彼はため息をついて彼女に背を向けた。地面に落ちた帽子を拾い上げ、被る。太陽の光を受けて紅く輝く髪の毛は癖がひどく、帽子にどうやって収まっているのか不思議だ。
「ねえ、お父さんのこと、ヴァルギリウスと一緒に仕事したんでしょ? 教えてくれてもいいじゃないの。ねえってば」
「……嬢ちゃんの仕事引き受けるんじゃなかったかもな」
もうすでに一面しか残っていない家の壁からマントを外し、袖を通す。杖も忘れない。
「今晩話そう。目的地までもう少しだ」
いくつかの砂丘を越え、名残でしかない都市の外壁跡を抜けると太陽はもうすでに半分沈んでいた。冷たく乾いた風が都市から吹き抜け、背後から迫る。振り返ると黒い影のような廃墟群があり、小高い丘に挟まれた谷間で所在なさげに佇んでいる。




