97 確信犯
(馬鹿にして馬鹿にして! 乙女をなんだと思ってるのよアイツ…!)
風を切るように進めば首筋が冷たくて、さっきまで感じた熱を余計思い出す。なんだかもの凄く腹が立って、ガンガン踵を鳴らしながら人気のない回廊を進んだ。
(今まで他の男と比べて比較的、紳士的だったから油断したわ。結局アイツも身体目当ての男と変わりなかったのね。これだから男は。これだから男って奴は…!)
ちょっと見直していた自分が憎らしい。スタンは嘘つきで不誠実な詐欺師だ。しかも相手を騙して楽しむ愉快犯でもある。憎らしい。腹の底から憎らしい。
私が向かっているのは馬車が停車しているエリア。馬車から降りるとき、エヴァがこっそり馬車の停車場所を教えてくれていた。問題が発生したらそこに逃げ込めば待機している御者が匿ってくれると言っていたから、最大の目的も達成したので引きこもるつもりで進んでいる。
もしかしなくてもエヴァが帰りの馬車がどこに停まっているのか、何かあったらそこに逃げ込むよう教えたのは、こういう事態を想定してのことだろうか。あの子は兄の不誠実な態度にハラハラしていたのだから充分あり得る。それでも自分から正体を告げなかったのはスタンが口止めしたから…と、エヴァも態度を変えて欲しくなかったのかもしれない。話し相手になってわかったけど、あの子も結構さみしがり屋だから。
エヴァは擽りの刑に処す。王女様? あの屋敷だと王女様じゃなくてエヴァなんでしょ? 処すったら処すわよ。
…待って、馬車に引きこもるのはいいとして、一緒に来たから一緒に帰るの? スタンと? あの密室で?
そもそも正体を知った今、一緒にあの屋敷に帰っていいの? お貴族様と一緒にいるのもおかしかったのに、相手が王族とわかればどれだけ不釣り合いな組み合わせかわかる。歪すぎるわ。
だけどスタンと一緒にいないと公爵の今後の動きとかわからなくなる。折角釣りに成功したのに、無駄になっちゃう。
なんなのこれ。どうしろっていうの。
こうやって悩むのはスタンの所為よ。何が王太子よ。貴族にろくな奴はいないと思っていたけど、元締めの王族があんなんだから貴族も好き勝手するのよ。信じた私が馬鹿だった。
身分詐称だけでなく、首筋にがぶっときたのも許せない。だいたいなんだ。どんな流れでがぶっときたんだ馬鹿か。絶対そういう空気じゃなかったでしょ。
誤魔化しのためにそんなことをする男とも思えなくて、本当に意味が分からない。
(私が怒るってわかってて、なんでこんな…そうよ、わかってるでしょ。私が怒って手を出すって)
王太子とわかっても、今更遠慮するような殊勝さはない。スタンが許容するとわかっていたからこそ、態度を改めなかった。
詐欺師だ愉快犯だと罵るのは、貴族だとわかっていても相手がそういった扱いを許しているとわかっていたから。言ってしまえば甘えだ。無意識の甘え。
それを許していて、反応を見てきたのだから、怒った私が殴りかかるとわかりきっていたはず。
(…そうよ。アイツは詐欺師。計算高くて、頭にくる、愉快犯)
愉快犯なのだ。
…計画的な、確信犯。
私の足が止まる。静かな回廊で、夜風が軽くドレスの裾を揺らした。
(まさかアイツ…この流れを全部計画した?)
スタンは苛立つほどこちらの行動を読んでくる。
思い出すのは深夜の逃亡劇。あっさり見つかった、夜の庭。
月光に照らされながら闇の中で私に手を伸ばした、確信犯な彼の笑顔を思い出す。
――奇特な奴だけど、無駄なこともしない奴。
なら今この状況は…アイツ狙い通りなんじゃない?
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怒りながら必死に考えています。
(再び力を貯めています…)




