94 私はアンタの玩具じゃない
でもそれは、私がお貴族様と関わらない一般庶民で、身分差がよくわかっていない学のない小娘だからだ。
へりくだって頭を下げるほど世間を知らず、身分差なんて物語の中でしか実感しないほど田舎で生きていたからだ。
そんな世間知らずに教育を施して、ドレスを着せて、わざわざ協力する姿勢を見せて夜会に連れ出す悪徳貴族が王太子だなんて言われても、全然信じられない。
信じられないけれど…お貴族様達に傅かれているスタンを見てしまえば、彼がスタンではなくトリスタン・フォークテイルなのだといやでも理解してしまう。
この国の王子様。
一生ご縁のない存在だったはずなのに、いつの間にか背後から近寄ってきた王太子殿下。
足を踏んでやると意気込むくらい近くにいるのに、住む世界がまったく違う存在。
…紳士的だと思っていたのに、庶民をからかって遊ぶ悪趣味な奴だった。
罵詈雑言で責め立てようとしたけれど、何を言ってもむなしい気がして言葉を呑み込む。
言葉をなくし、悔しそうに俯く私に、スタンが少しだけ身を屈めた。
「…ねえメイジー、僕は君に嘘をついたつもりはないよ」
この期に及んでまだ言うのか。
口を閉じろと足を踏むべきか。ダンス中ではないが関係ない。恨み辛みは威力となって降り積もっている。こっそり狙いを定めた。
「意図して伝えていないことはたくさんあるけど、君を騙すためじゃない。僕らのことを知った君が畏まるのがいやだったんだ」
「だとしてもいずれこうなるって、アンタならわかっていたはずでしょう」
少なくとも、貴族だらけの夜会に出れば隠し通せないとわかっていたはずだ。
それなのにこんな風に、逃げも隠れも整理もできない状態で正体を明かすなんて…私の反応を楽しんでいる証拠だ。叩けば音の出る玩具と勘違いしているのか。叩けば殴り返す乱暴者だとまだわかっていないのか。
(こいつは愉快犯だから、自覚なしで不敬連発する庶民の反応が楽しくて揶揄っていただけに違いないわ)
こいつは誠実じゃない。全然誠実じゃなかった。
やっぱり私のことは、愉快な玩具としか思っていないのよ。
(ぶん殴ってやりたい…!)
俯いて唇を噛む。握りしめた拳を押えていないと、このお綺麗な顔面に正拳突きを叩き込んでしまいそうだ。
詰め寄った距離のまま怒りに震える私の機微がわからないはずがないのに、スタンは震える私の拳を握った。触るなと睨み付けるけど、空色の瞳は静かに私を見下ろしている。
ここでスタンがいつものように、楽しげに笑っていたら我慢できずぶん殴っていた。
だけどスタンは、じっと私を見下ろしていた。
そこに、いつもの腹が立つような愉快犯の笑みがない。
「エヴァは、僕に夜会の前に話すべきだと言った」
そして飛び出したのがスタンではなく妹のエヴァについての弁明だったので、思わず耳を傾けた。
本当に、人に話を聞かせるのが上手い。
こういうところが憎たらしいわ。
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力を貯めています。
ぎりぃ…と堪えているところ。
よろしくお願い致します。




