91 何度目の詐欺被害
今にもその胸ぐらを掴んで揺さぶりたくてしょうがない。しかしスタンは輝く笑顔を振りまいて、妙な説得力で私の存在を有耶無耶にしてしまっていた。
こ、この詐欺師…!
引きつる私を見下ろして、スタンは楽しそうに…心底愉しそうに笑う。
「折角だし、踊ろうか」
(よしきた足を踏んでやるわよぉ!)
流れるようにエスコートされながら、お行儀よく踊ることはもう諦めた。この場が初めてとスタンが明言したのだから踊れなくても見逃されるはずだ。
だから足を踏ませろ。爪先でいいから踏ませろ。小指でいいから。
丁度音楽が途切れ、次の曲が流れ出す頃だった。私は導かれるままに構えて、音楽と同時に滑るように踊り出す。
「いい子だね。よく笑顔を頑張った」
(こいつ…!)
微笑みながら言われた言葉に顔が真っ赤になる。
ときめきじゃない。繰り返すけどときめきじゃない。憤怒だ。
「アンタねぇ…! 何よトリスタンって誰よ王太子ってどういうこと!」
ダンスをしながら小声でまくし立てる。このタイミングで踊り出したのはちょっとした説明のためだろう。ダンスの距離なら、こっそり会話ができると聞いていた。踊りながら秘密の会話なんて器用なことはできないと思っていたけれど、ダンスを上手く踊らなくてもいいと思っている今ならできる。足を踏ませろ。
「トリスタンは僕のことだよ。トリスタン・フォークテイル。この国の王太子さ」
「誰だ! 私の知っているスタンと違う!」
「同じだよ。同一人物」
「だいたい王子様が夜の酒場に現れるわけないじゃない…!」
「お忍びって便利な言葉があってね」
「過ごしていたところもお城じゃなかったわ…!」
「あれは別宅。諸事情から王宮から離れて過ごしているんだ」
「王子様の警備態勢じゃなかったわ…!」
「あそこにいるとき僕らはスタンとエヴァだったからね」
言いながらくるくると回転させられる。くそ! 踊らされている!! 踊らされているわ!!
に、憎いぃ~…!!
私は笑顔も作れず、顔を真っ赤にして憤慨していた。怒りで泣きそう。
私は気付けなかった。
顔を赤くしながら王子様と踊る女性がどんな風に見えるかなんて。
いつになく楽しそうな王太子が見知らぬ女性と踊る。踊る女性は頬を染め、目を潤ませながら王太子を見つめていた。
二人はとても親密そうで、ただならぬ空気に周囲の令嬢は頬を染め、令息達はその動向を見守った。
「ああメイジー…! お兄様の手の平の上ですメイジー…!」
「外堀が埋められていく…」
踊る私達と周囲の反応を見ながら、エヴァとモーリスがハラハラしていたなんて全然気付いていなかった。
「…あれは…」
そして最大の目的。
エフィンジャー公爵が私を見て目を見開いたことも、全然気付いていなかった。
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