90 正体
夜会の会場は光の奔流で溢れていた。
たくさんの人。たくさんの視線。たくさんの料理に、溢れる音楽。
ホールを飾る調度品もシャンデリアの光を反射し、紳士淑女に飾られた宝石もキラキラと輝いている。
しかしどんな宝石の輝きも、彼の前では恥じらって霞んでしまう。
トリスタン・フォークテイル王太子殿下。
艶やかな金髪。晴れた空を写したような瞳。穏やかな笑顔を浮かべるご尊顔は高貴な殿上人に相応しい美貌。
すらりと伸びた背筋。優雅な所作。
外見だけでなく、静かで聞き取りやすい低い声を聞いただけで誰もが感嘆の息を吐くともっぱら噂の、我が国の貴公子。
(だから、それ、誰??)
私は笑顔を貼り付けながら、エスコートしている男を褒め称える貴族達の言葉を聞いていた。
ギラギラ迫力ある会場よりも、ギラギラ目を野心で燃やす貴族達よりも、キラキラ微笑むこの男が気になって仕方がない。
ときめきではない。断じてない。
怒りで怒鳴り散らしたくて堪らない。
(どういうことだこれぇええええええ!)
どういうことどういうことドウイウコトナノ!
なんだトリスタンって! 王太子? 王太子殿下ってなんだぁ!?
夜会に臨んだ目的よりも、隣でニコニコしている男の正体が一番の問題だ。
流石の私も衆目で問い質すほど空気が読めない女ではない。引きつりそうになりながらも笑顔のままスタンにエスコートされている。添えた手はしっかり爪を立てていたが、それくらい許せ。それくらいしないと正気が保てない。
「お久しぶりです王太子殿下」
「夜会に出るなんて本当にいつ振りのことでしょう」
「本日はイヴァンジェリン王女もご一緒なのですね」
「こちらのお嬢様はどなた? 初めてお会いしますわね」
エヴァ――――! アンタもなのエヴァ――――!!
誰よイヴァンジェリン王女! 知ってるわイヴァンジェリン王女! 王女様じゃん! 知ってるわよ庶民だけど王族の名前は知ってるわよ絵姿も見たことあるわよ!!
でもまさかそれがエヴァだとは思わないじゃない!? スタンだとは思わないじゃない!
イヴァンジェリン王女、エヴァはスタンの隣で綺麗に微笑んでいる。ホールに入る前の心配そうな笑顔はどこにも無い。
これがポーカーフェイス…アルカイックスマイル…。
できてる? 私にこの笑顔できてる? 引きつってない?
ひく、と口元が歪みそう。怒りで歪みそう。
そんな私の肩を、行儀よくエスコートしていた筈のスタンが抱き寄せた。必要以上に近付いて、私の顔がスタンの胸元で隠れる。
「こちら、本日が初めてのご令嬢でね。今まで事情があって表に出られなかったところを私が今宵、無理を言って同行して貰ったんだ。いずれ正式に発表されるから、それまで静かに待っていて欲しい」
「まあ…」
「いずれ必ず紹介するよ」
(どういう意味だ――――!)
絶叫したくなるくらい意味深な発言をするな!
しかもこの体勢でそんなことを言えばよくわからないが誤解が生まれる。なんかよくない誤解が生まれることだけがわかる!
笑顔が作れなくなってきた私を誤魔化すにしてももっとやり方あるでしょう! えぇ!?
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