89 不意打ち
到着した侯爵のお屋敷は、やっぱり見上げるほどの豪邸だった。
薄暗くなった周囲。灯りが灯されて、屋敷のホールから煌々と灯りが漏れている。そこから人の気配を感じて、遠いのに囁き声が聞こえてきそうだ。
(お貴族様のお屋敷ってやっぱりすごい大きいわ…でもあれ…? なんか、小さい?)
そんなことはないのだが、ちょっとそう思った。
私が滞在していた、スタン達の屋敷の方が広い気がした。
(いやまさかね…暗いからそう思ったのかしら。だってあのお屋敷だって、全体を見たわけじゃないし)
侯爵って結構お貴族様の中でも格式高い爵位だった気がするし、気の所為だろう。
だってスタン達の邸宅の方が大きいとしたら、スタン達が侯爵より高い地位にいるってことに…別にならないか?
家の大きさが爵位で決まるわけでもないか。爵位が高くてもお金のない貴族もいるってエヴァが言っていたし、田舎町でも町長だから一番大きな家に住んでいるわけでもなかったわ。家の歴史と人の歴史は違うって古本屋のアンドリューも言っていたわね。
馬車から降りてスタンのエスコートで歩を進める。背後からエヴァをエスコートするモーリスも続いた。
馬車を降りたところから夜会はスタートしているものと考えて、しゃんと背筋を伸ばして歩く。夜の空気が晒された肌を撫でて、小さく泡立つような緊張感を覚える。
スタンの腕に添えた手が、スタンの手の平に覆われた。
「メイジー。ここから先はいろんなことを言われると思うけど…君はただ笑顔で全部聞き流していい」
「そうね。目的はそっちじゃないものね」
「そう。たくさん気になることはあるだろうけど、気にせず笑っていてね」
「挨拶とか知らないからね。全部任せるわよ」
「勿論だ。君はずっと笑っていて」
「顔が引きつりそうだけどやってやるわ」
「その意気だ」
スタンが笑う。
心底楽しそうに、愉快そうに。
最後に力強く手を握ってから解放される。スタンは真っ直ぐ顔を上げて夜会の会場、屋敷のホールへと進んだ。
背後でエヴァが心配そうに、モーリスが呆れたように二人の背中を見ている。
任せろと頷きを返すが、二人はまったく安心せず心配と呆れの色を濃くしただけだった。
(そんな顔をしなくても、私だって空気は読めるから突然大声を出したり殴りかかったりしないわ。敵の情報を探るため、今日は大人しくしているって決めて…)
「トリスタン・フォークテイル王太子殿下とそのお連れ様ご入場です」
…。
誰それ?
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