87 誰もが花
「まあ…メイジー、とても綺麗です!」
「ありがと。エヴァも綺麗よ」
出立の準備ができるまで広間でお待ちくださいと言われた私を出迎えたのは、意外なことにエヴァだった。
(お花だわ。白いお花が咲いてる)
エヴァのドレスは一輪の花だった。清楚で清純な白バラの乙女。
ふんわり広がったスカート。きゅっと締まったくびれにバラの花。華奢なデコルテ部分から首元までがレースで飾られ、うっすらと肌が透ける程度の露出。瑞々しい肌は恥じらうように隠されていて、ほんのり染まった頬が健気で愛らしい印象を強くする。
髪は編み込んで結い上げられ、こちらも白バラの飾りで纏められていた。美しく愛らしい白バラは、キラキラ輝く目でこっちを見ている。
露出控えめなエヴァに対して、私は露出が高い。
ドレスの色は青。爽やかな青じゃなくて紺の混じった深い青。オフショルダーという肩の出たドレスで、胸元がV字にざっくり割れている。谷間部分に紺色のレースが編まれ、ちょっとだけ上品に纏められていた。
すらっとシルエットに沿う形のスカートは太ももの上からざっくりスリットが入っていて、大股で歩けば中身が見えてしまいそう。足の駆動範囲は広いけど、動作には気をつけないといけないドレスだわ。
ピンクゴールドの髪もきっちり結い上げられて、大粒の宝石がついた髪飾りで留められていた。スカスカする首元には、同じく大粒のネックレスが下げられている。
…これってもっと大人の女性が着るレベルのドレスじゃない? 十代のひよっこが着て許される?
胸元も足下もざっくり切れ込み入っているんだけど。なんなら髪を上げているから背中も半分くらい見える。明らかに経験豊富なお色気お姉さんが着るようなドレスだわ。
スタン曰く、少しでも公爵夫人に寄せた装いにするって言っていたけど…。
「…公爵夫人ってお色気お姉さんだったのね?」
「ロドニーが一目で狂うくらいにはね」
「お兄様」
振り返れば、スタンとモーリスが広間に入ってくるところだった。
女性陣より準備が遅いってどういうことよって言おうとしたけど、ちょっと納得してしまった。
スタンが着ているのは今までのラフな装いとは違う、完全に貴公子のようにかっちり整った格好だった。屋敷の外に出るときもそこそこ真面な格好をしていたけれど、それより身嗜みがしっかりしている。
詰め襟の、騎士が着ている服によく似た礼服。上着の裾が長く、颯爽と歩けば余分な布が靡いた。長い金髪は綺麗に梳かされて、三つ編みに結われている。髪が整えられている所為でいつもより美貌がよく見えた。
これは時間がかかる…というか時間をかけたい美しさ…。
ちょっと引いた。
視線を逸らしてモーリスを見れば、彼も普段と違い着崩すことなく礼服に身を包んでいる。不揃いな黒髪を後ろに撫で付けて、窮屈そうに詰め襟をなぞっていた。
「…アンタにはなんか安心感あるわ」
「どういう意味だ」
「安心しなさい。充分いい男よ」
「何も安心できない…」
褒めているんだから、いいから黙って受け取っておきなさいよ。
あとさりげなく私の胸元に視線がいっていることには気付いているからね。安定のむっつりめ。
「二人ともよく似合っているよ。エヴァはまさしく白バラの精霊のようだし、メイジーは」
いいながらスタンは私を見て、一度頷いた。
「今夜に相応しい戦闘服だ。とても強そう」
「そうよね!」
流石スタンねよくわかっている。私もそう思っていたの。
これは絶対大人の女性に似合うドレス…そう、強そうなドレスだって!
「お兄様その賛辞は間違っていると思います…!」
「エヴァ。褒め言葉はね、本人に伝わりやすく伝える必要があるんだよ。美辞麗句を重ねても、褒められた本人へ届いていなければ無駄なだけだ」
「その通りではありますが…」
「レベル下げすぎだろう」
「どういう意味かしら」
「やめろ大股でこっちに来るな!」
何となく馬鹿にされた気配を感じてモーリスに詰め寄れば、彼は勢いよくあらぬ方向を見て私から視線を逸らした。エヴァが慌てて私のスリットのある方に立つ。
「いけませんメイジー! 刺激的な装いなのですから、立ち振る舞いに気をつけなければ」
「うーんその通りね…動き易いけど動きにくいわ…というかこういう格好した女性がたくさんいるところに行くんでしょう? モーリスこんなんで大丈夫なの?」
「見え隠れするものを見てしまう習性があるだけだよ。ずっと見ているのはよくないけどその内切り替えるから大丈夫さ…そろそろ準備ができたみたいだね。さあ、いこう」
そう言って差し出された手を取る。
今夜は…待ちに待った、夜会だ。
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