84 ロドニー・アップルトン
そもそも呪いに形はない。影もない。
しかしロドニーはそれを視認し、触れて、対処できる。
それは異常だった。形のない思念に、人は触れることなどできないはずなのに。
あぐ、とロドニーの口が大きく開かれる。
チラリと覗く犬歯。大きく開かれた口に詰め込まれる見えない何か。彼はそれに噛みついて、咀嚼して、じっくりと味わった。
不思議と、見えないのにぐちゃぐちゃと行儀悪く下品な咀嚼音が聞こえる気がする。
モーリスは顔をしかめ、スタンは微笑んだままそれを見守った。
それは、もしかしたら固形物ではないのかもしれない。流動しているのかロドニーの指がそれを逃がさないようさ迷って、一つ残らず噛み潰されていく。
二人には影も形も確認できない。
それでもそれはそこに在る。
それをロドニーは最後の一滴まで啜り上げた。
仕上げとばかりに意外と長い舌が手の平を舐め、口元を涎で汚したロドニーはうっとりと目を細めた。
恍惚とした表情。陶然とした目元。
「嗚呼、甘美…!」
ロドニー・アップルトンは、呪いを対象から切り取れる。
呪いを巻き取り、切り離し、打ち返す。本来ならば触れられないはずの呪いに触れて、薄い繋がりを辿ることのできる唯一の人間。
しかし対象から切り取れるということは、術者からも切り取れるということ。
彼は切り取った呪いを取り込んで、己の糧にしていた。
食事を血肉の糧にするように、彼は呪いを福音の糧に変換した。
大きく狂わず、歪まず、知性を残したまま。
己の福音を引き上げるためだけに。
「塔」に棲む化け物。
数十年前から姿形の変わらぬ彼は、人の枠組みにありながら、人の身から逸脱していた。
「それを食べたらもう帰っていいよ。お疲れ様」
「ついでに「塔」で使用する薬草を取って帰れ。今の時間なら誰とも遭遇せず庭で作業できるだろ」
「もう少し余韻に浸らせてくれてもいいのでは?」
「気持ちが悪い」
「メイジーを助けた報酬は先程の呪いと給与からセクハラ費として徴収しておくね」
「酷い」
「メイジーと法廷で会いたいの?」
「他の余罪も証拠も根性で調べてきそうだな」
「余罪が前提…!」
「否定できるか?」
「できません」
「こいつ訴えた方がいいんじゃないか」
「今のところ泣かされた人がいないのだけが救いだね。証拠だけ積んでおこう」
「酷い」
「いや、何も酷くない」
ロドニーはしくしくと涙で袖をぬらした。
…彼は人の身から逸脱しているが、人の枠で生きている。
『宣伝』
プティルブックス「事故チューだったのに!」書籍・電子書籍 発売中!
エンジェライト文庫「虎の威を借る狐になって復讐がしたい」電子書籍 発売中!
よろしくお願いします!




