80 事件の裏側
ちょっと回復しました。お気遣いありがとうございました。
本日からまたちまちま投稿していきます。
スタンは鼻歌を歌いそうなほど軽快に廊下を進み、応接室へと辿り着いた。
その背後からついてくるモーリスは未知の生命体に遭遇した様な…こいつ本当にスタンか、と隠しもせず疑いの眼差しを向けてくる。
視線に気付いていたが取り合わず、スタンは自ら応接室の扉を開いた。
「待たせたね」
声を掛けながら入室するが、入室した先では誰も椅子に座っていなかった。
応接室に待たせていたロドニーは、床でうつ伏せに倒れている。
「ああ、椅子まで保たなかったか」
「それだけ強力だったのか、あの呪い」
特に驚くことなく、助け起こすこともなくソファへ進む。モーリスがポットを確認し、紅茶を用意する。
「メイジーじゃなかったら全身の筋肉が強ばった瞬間にショック死もあり得た。メイジーは福音が高い。防衛本能から、抵抗できたみたいだ」
「…そんな種類の呪いにまで手を出してきたのか」
モーリスの淹れたお茶を受け取って口に含む。いつものお茶だが、どうやら思っていた以上に喉が渇いていたらしい。そのままもう一口飲み干した。
カップを置けばすぐ新しい紅茶がつがれる。モーリスも喉が渇いたのか、自分の分をぐいっと一気に飲み干した。そこそこ熱かったのだが、外側だけでなく内側も丈夫にできているらしい。
「いや、わかっていないだけさ。メイジーの反応を見ただろう? 呪いの名前だけで、たいした呪いではないと判断したのだろうね」
実際は命を脅かす呪い。
呪った相手はちょっとした悪戯気分でも、実際は命に関わる。
「あれは中級…いや、上級扱いかな。解析はできた?」
「…必要なのは宝石ではなく土台の方でした」
問えば、震えた声が答えた。
対面のテーブル脇から腕が生え、テーブルを支えに起き上がる人影。床に倒れていたロドニーが憔悴しきった状態で身を起こした。
「ブローチの土台に呪いが刻まれ、宝石はカモフラージュで何でもよかった。だから恋人の色をした石を選んだのでしょう。相手の警戒心を削ぐために。悪趣味ですね」
「うわ…生きていたか」
「せめて、起きていた、にして貰えませんか? 一番の功労者ですよ私は。私のお茶は? 私頑張りましたよね? ください」
死にそうな顔でお茶を要求するロドニーに、モーリスが嫌そうな顔をした。それでもちゃんと用意するのは根が善良だからだろう。モーリスは根が真面目なので、ロドニーの言動にいつも眉をしかめている。
スタンは悠然と足を組み、肩を滑る金髪を指で弄りながら頷いた。
「勿論君には感謝しているよ。だから、どさくさに紛れてメイジーの胸元に触れた言い訳があるなら聞こうじゃないか」
「いえあれはちょっと施術の際にはい偶然の奇跡と言いますかそれは」
「うん?」
「申し開きのしようもございません」
にこ、と笑顔を深めたスタンを前にロドニーの頭が下がる。テーブルに額が接触して鈍い音を立てた。
「反論の余地なしとわかっていて何故やる…?」
「公爵夫人によく似ていてつい…」
「そもそも公爵夫人と触れ合える仲じゃないだろ…」
「いえ私の妄想では相思相愛です」
「妄想と現実を混合させるな」
「あ、お待ちくださいそこは置いちゃいけないところです。いじめですいじめ。いじめ反対!」
モーリスが頭を下げるロドニーの後頭部にソーサーを乗せた。
ロドニーは慌てているが、カップは乗っていない。根が善良なモーリスは火傷を考慮して紅茶の入ったカップは手に持ったままだ。ソーサーだけをロドニーの頭に押しつけている。
熱湯を乗せないなんてモーリスは優しいなあ。
取り敢えずメイジー自身からの制裁はまたの機会にしておこう。
スタンはそう結論づけて、テーブルに置かれた書類を手に取った。
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