72 号泣乙女
お湯を使って汗を流してから、といわれて突然の贅沢に抵抗しようとしたけれどスタンに「なら僕が手伝うね。腕から丁寧に拭うよ」と微笑まれてお風呂を借りた。
今のところ一番紳士なのはスタンだけど、一番行動が読めないのもスタンなのよ。ここで私がごねたら本当に身体を拭くのを手伝いそう。すっごく丁寧に拭かれそうでイヤ。
というわけでお風呂を使わせて貰った。
ここのお風呂は大きい。一人どころか五人くらい一気に入れる。私は辞退したけれど、侍女が身体を洗うから大きく作られているそうよ。湯船が大きいのも、補助がつく前提だかららしいわ。
ねえそれもう介護の域じゃない? お貴族様、ちょっと自分ですること増やした方がいいわよ。
とにかく、お風呂場が大きい。今回はそれだけじゃなく、すごい、贅沢をさせられている。
お湯から花の香りがする。疲労回復の効果がある薬草が浮かべられていた。
(病み上がりだから? 確かに身体はなんかだるい…すごい贅沢だけど甘えるしかないわね…)
ドキドキしながらお湯に浸かったけど、じわじわ指先から解される感覚にやっぱり疲れていた。なんならちょっと湯船で溶けたわ。おっさんみたいな声が出たと思う。
この贅沢に慣れたらやばいけど、この贅沢は忘れられないわ…。
(く…っなんて甘やかな束縛…だってスタンは私を留まらせるのが目的だったわけだから、むしろ率先して贅沢させていた訳よね…アイツなら絶対わかっていて贅沢させてくるわ…!)
エヴァは多分本当に善意。そう信じたい。
愉快犯スタンの思惑に乗るのは悔しいけど、お風呂とお布団は忘れられない贅沢だ。
それにしても。
(なんか風呂場の出入り口が騒がしい…)
「メイジー!」
「ふぁっ!?」
訝しんで出入り口を見たところで、ドレスを着たエヴァが駆け込んできた。
髪は乱れて、泣き腫らした顔をしたエヴァが。
「メイジー! ああ…大丈夫ですか!? 本当に大丈夫ですか!? まだどこか痛いところは…!」
「ぅえあえええっあ!? なになになになに!?」
慎み深いエヴァがドレスを着たままお風呂に突っ込んできたんだけど何!? しかも明らかに泣いてた顔なんだけど!
真面な返答ができない私に近付いて、濡れることを厭わず近付いてきたエヴァ。湯船に浸かる私の全身を確認して…キラキラした瞳からだばっと涙を流した。
「よ、よかった…! よかった、怪我も痕も残っていない、よかった…!」
「なになになになに!?」
「う、うえぇん…っ」
「ええええええ」
その場にぺたんと座り込んで泣き出したエヴァ。全裸の私はオロオロするしか術がない。だって全裸! どうしたら!
…というかもしかしなくても、エヴァが泣いている原因って私…?
わ、私が泣かしている…!?
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