69 不穏な淀み
これ、私しか感じていないのかしら。
ざわざわする。見ているだけで肌を逆撫でされるような不快感。
でも誰も何も言わない。
よくわからない不安から、目が離せない。
中身を確認するために、侍女がリボンが解かれて箱の蓋が開いた。
「…!?」
「まあ…」
エヴァの歓声を聞きながら、私は更に増した不快感に息を呑んだ。
小さな箱に収められていたのは、緑色の宝石がはめられたブローチ。銀の装飾に囲まれた大粒の緑色。
それだけなら趣味のよい装飾品。派手すぎず質素すぎず、丁度良い塩梅のブローチでしかない。
そのはずなのに。
(何これ…こんなの見たことがない!)
物から、黒い淀みが滲み出ている。
緑色の宝石が光を反射してキラリと輝く様子すら、煙るように揺れる淀みを強調してみせた。
「エメラルドグリーン…ピーター様の瞳の色です」
「えっ」
「もしかして、先ほどメイジーが言っていた匂わせというやつでしょうか」
「えっ!」
待って待って待って待って!
思ったけど! 箱を見た瞬間そう思ったけど、違う。多分違う!
これ、ピーター様からの贈り物じゃないわ!
ぽわぽわ頬を染めながらブローチを見るエヴァ。そんな彼女を微笑ましそうに眺める侍女複数。
誰も私と同じ物が見えていない。
見えていたら、わかっていたら。
(こんな物エヴァに近づけさせないわ…!)
なんと言ったらいいのかわからず言葉が詰まる。私にしかわからない、私にしか見えていない異常事態に混乱して意味のない母音しかこぼれない。
なんでこんなときに言葉が出ないのかしら! いつも一言余計って言われるくらい悪態が突いて出るのに! こんなときに限って、こんなときに限って!
何が起きているのかわからない。
わからない中、わかるのは一つだけ。
あれは、だめよ。
何が駄目とか説明できないけど、駄目。絶対駄目。
触っちゃ駄目…!
それなのに、エヴァの手が小箱に伸びる。
全身から血の気が引いた。
「だめ!」
咄嗟に出た制止の声。声と同時に伸びた手は、エヴァじゃなくて小箱を払いのけた。
女の子の手を叩き落とせるわけがないでしょ! しかもエヴァの白魚の手よ!? 私の力で叩いたらすぐ赤くなっちゃうじゃない!
咄嗟にそんな判断ができたのか不明だけど、私が触れたのは小箱の方。
私の平手を喰らった小箱は盆の上から放られて絨毯の上に落ちる。衝撃で小箱から放られたブローチは壁際まで飛んで、コツンと棚にぶつかった。
「メイジー!? なにを…っ」
突然の暴挙にエヴァが戸惑った悲鳴を上げた。小箱を持っていた侍女は厳しい顔で私を睨む。咄嗟の判断、反省するけど後悔は。
「――――――――っ!?」
ぎしりと。
身体全体に、引きつるような激痛が走り、立っていられなくなる。
「メイジー!?」
エヴァの悲鳴が聞こえる。だけど返事をする余裕もなく、私は全身を抱きしめて身悶えた。
(なにこれ、いたい、いたい、いたい…!)
「メイジー! メイジー!! …だ、だれか、誰か早くお医者様を呼んで!」
慌ただしい悲鳴を聞きながら。
あまりの痛みに意識を保てず、私の視界は暗転した
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