66 秘密の恋人
「楽しかったです!」
「よかったわね…」
とうとう日が暮れたわ…。
満足そうな顔で撤収していった仕立屋と、やりきった顔の侍女達。満足そうな笑顔のエヴァと対照的に、私の顔は死んでいた。窓から見える夕焼けに消えていく鳥の姿を遠い目で追った。
終わった。長かった。
終わらなかったらどうしようって思っていたのよね…終わってよかったわ。
すごく肩が凝った…着て、脱いでを繰り返すのも楽じゃないわね。
何より、どれもこれもお高い布のドレスだもの。うっかり傷をつけたらと思えば目眩がしたわ。
庶民に何着せてんのよ。
だけどこれも、夜会に出て公爵とお話するため…。歯を食いしばって耐えたわ。
目の前には軽食の焼き菓子と、温かな紅茶が置かれている。
…お昼ご飯も食べずにずっとデザインの話をしていたものね…時間的に夕飯が近いから、ちょっとした焼き菓子が丁度いい。
私はもそもそ焼き菓子を頬張った。疲労困憊の私と違って、エヴァは生き生きとしている。
「夜会は一ヶ月後ですから、あまり時間はありませんが…ドレスを最優先で仕上げてくださるそうです」
「時間があるのかないかも分からないわ…」
どれだけの人数が居てどれだけの生産量のある仕立屋だったの…。
田舎だと一ヶ月もあれば余裕だけど、ここは王都。しかも貴族を相手にしているのだから、一ヶ月って多いのか少ないのかわからないわ。
っていうか。
「エヴァも参加するのよね」
「はい」
「エヴァのドレスは注文したの?」
「いいえ。わたくしの分は既に用意されていますから」
やっぱり一ヶ月って超特急扱いだったりする? 実は予約一杯のところ全ての予定を蹴倒して割り込んだりしていない?
仕立屋の予定がちょっと気になったけれど考えないようにして、別の問題に注目することにする。
「ねえ、本当にモーリスでよかったの? 今からでもスタンに殴り込みしましょうか?」
あの愉快犯を動かすのは難しいけどできなくもないと思うのよ。全力で殴り込めばなんとかなるかもしれないわ。
でもエヴァは、困ったように微笑みながら首を振った。
「…モーリス様はお兄様の護衛ですから、実は何度かパートナーをお願いしたことがあるんです。お兄様がどうしても忙しくて手が放せないときなど…本来は護衛の方なのでよろしくはないんですが、他の方に頼むわけにもいかなくて…」
「そうなの」
既にご一緒したことがある、と。
なら今更なのかしら。
そのわりに、しょんぼりした顔をしているけれど。
じっと見つめれば、エヴァは観念したように目を伏せた。
「ただ…ピーター様が参加されるなら、パートナーはどなたかしらって…」
ピーター様も参加するのね。
「ピーター様に姉とか妹は?」
「お兄様はおられるそうですが、女系の兄弟は…」
「…今まで誰をパートナーにしていたの?」
「年下の従姉妹と聞いています」
まだあまり夜会に参加する年齢ではなく、参加回数は多くないそう。同い年なのに、エヴァの方が経験豊富なのね。
…あれ、ピーター様の方が身分高いと思っていたんだけどもしかして逆? でもそうなるとここの家の格式がよくわからなくなるのよね。
だって、秘密にするくらいの身分差がある恋人なんでしょう?