64 踊らされて堪るか
一瞬、不整脈で呼吸がし辛くなった気がして胸を押えたけど、鼓動は問題なく脈打っていた。
(…なんだったのかしら。ダンスのしすぎ?)
疲労から来る症状かもしれない。でももう平気なのだし、気にしないでおきましょう。
結論づけてから、私はもう一度スタンを指差した。
「ちなみに…嘘だったら呪ってやるからね!」
「だからそれ、犯罪だって」
モーリス煩い! 愉快犯なスタンだから、念の為脅す位が丁度いいのよ!
スタンは私が本気で呪いに手を出そうとしていたことをわかっているから、十分な脅し文句になるでしょ。
やるわよ。私はやるわよ。やると決めたら絶対やるからね!
脅し文句のつもりで叫んだ。
だというのに。
スタンは突きつけた私の手を取って、指を絡めて解し…。
「それは、楽しみだ」
指先に唇を――――……っ!?
つけてない!
つけてないわ!!
私の手を握る自分の親指に唇をあてているわ!
びっくりした! スタンの高い鼻がちょんって指にあたっただけで口付けはされてない! びっくりした!
スタンはその体勢のまま、驚いて固まる私を上目遣いに見て悪戯っ子のように笑った。
こいつこのやろう! 愉快犯の癖に変なところで紳士ぶりやがって! 機会を見て絶対呪ってやる…!
なんて怨念を込めていたら、また指を絡め、引っ張られる。
「う、わ!?」
くるりと回転させられて、気付いたときにはダンスホールドの体勢だった。
ちょっと今何が起こったの!? 引っ張られてくるって回ったと思ったらホールドされていたわよ!? 何この技術!
「そうと決まればより練習を重ねないとね。ダンスだけでなくエスコートの練習もしよう」
「えすこーとってなに!? 必要!?」
「もしかしたらダンスより必要かな。パートナーに寄り添って歩く練習だから」
「姿勢を正して歩くだけでも難しいのに!?」
「大丈夫、僕に身を任せれば簡単だよ」
そう言ってやたら私をくるくる回転させるスタン。完全に主導権が相手側にあり、私は踊らされている状態。
ま、負けるもんか…! 踊らされて堪るか…!
スタンのリードに逆らって、無理矢理ステップを踏む。強引に別ステップを踏み出した私に、スタンは目を輝かせ声を上げて笑った。
「ははっ、相変わらずメイジーは気が強いなぁ」
「思い通りにさせて堪るか…!」
「そうそうその調子。ここでターン」
「ぐぅ!? これならどうよ!」
「考えたね、でもまだ終わらないよ」
「うぎぎ!」
「…お兄様、楽しそう…」
結局くるくる回転させられる私。そんな私達を見守っていたエヴァとモーリス。
二人は私達を…私を見ながら、こう呟いていた。
「メイジー…お兄様に、とても気に入られているわ…」
「お気に入りすぎて同情する…」
ちょっとモーリス! 早くこいつ回収しなさいよ!
誰も止めないからスタンが満足するまでくるくる踊っちゃったじゃない!




