60 できれば足を踏み抜きたい
姿勢矯正。歩行矯正。
背中を曲げずに顎を引いてデコルテに光を意識して大股にならずにだけど堂々と。
ピシッとしてグッとしてパアッとしてスススッとしてドーンッと。
ついでにいつも嫋やかにニコッと笑顔を忘れずに。
…忘れずに…!
「メイジー、メイジー、大丈夫?」
「顔が引きつりそうだわ…」
笑顔って意識すると難しいわね…!
学園から帰ってきたエヴァも加わり始まったダンスレッスンは順調だった。
文字を覚えるよりは順調だったわ。ステップの種類が増えたけど、致命的な失敗はしていない。時々勢いよくスタンの足を踏み抜きそうになるけど、軽やかに回避されるから問題ないわ。
足踏む! って思った時にはフォローが入っているのよね。悔しいけど、スタンの方が一枚上手なのは疑いようがないわ。悔しいけど。
普段は忙しいスタンだけど、色々調整して私のダンスパートナーとしてさっきまで練習に付き合ってくれていた。相手が居た方が覚えやすいからっていいながら、私とくるくる踊っていたわ。
エヴァが帰ってきたのを合図に、交代で退室した。疲労困憊な私を残して。
体力…体力の違いを感じるわ…!
私の方が運動量多いと思っていたのに、仕事で座ってばかりのスタンより運動量があると思っていたのに、まさかこんなに疲れるなんて…!
普段使っていない筋肉を使うから、より疲れたのかしら。
笑顔を意識しながら肩で息をする私に、エヴァが心配そうな顔をしている。
「急にメイジーを夜会に連れて行くなんて…お兄様は何を考えているのかしら」
エヴァはエヴァで、私が夜会に出るため猛特訓をはじめたと、帰ってきてから聞いたので困惑中なのだ。
誰をどこまで巻き込んでいるのか不明で、私も事情が説明できない。
…あの夜、あの場所にいなかったモーリスも事情は知っているのよね? そのつもりで会話していたけれど、エヴァにはどうしたらいいのかしら。
スタンは妹を溺愛している。
その溺愛している妹を巻き込むかしら。
…私を引き留めるために大いに利用しているけれど、それとこれとは別よね。
私は適度に誤魔化すことにした。
「…まあ、私の目的がこう…その、関係しているのよ」
「どういうことなの…」
下手くそすぎる。
全然誤魔化せなかったわ。