59 夜会参加にあたり
「公爵がメイジーのお母さんを知っているかは賭けだけど、公爵家の馬車が使われているわけだからね。無関係ではいられない」
「ええ、そうね。洗いざらい吐いて貰わないと」
やる気を出して鼻息の荒い私を宥めるように、スタンは軽く手を叩いた。「そうそう」なんて今思い出したとばかりに言葉を続ける。
「相手は公爵だから、言動に気をつけなくちゃいけないよ。話を聞く前に無礼者だと追い出されたくはないだろう」
「…その通りね」
すん、と落ち着きを取り戻して握っていた拳を下げる。スタンはきらびやかに笑った。
「ということで、最低限でもマナーを熟せるように淑女教育を頑張ろうか」
「そうなるの? 気をつければいい話じゃない?」
「お前の場合殴りかかるのを我慢するだけじゃすまないぞ」
「殴らなければマシじゃないの!?」
「最低限のライン低すぎないか!?」
目の前に敵が居るのに殴らないって充分最低限じゃない!?
相変わらず何がおかしいのかスタンは爆笑しているけど、モーリスが煩い。
でもモーリスはむっつりだけど、スタンと比べて常識がありそうなのよね。スタンに常識がないわけじゃないけど、彼は愉快犯だから敢えて教えてくれないこととかありそう。
そのモーリスが低いというなら、それでは駄目ってことよね。
…夜会ってどんな場所なの…! 世界が違いすぎて想像できないんだけど…!
「うん、メイジーが夜会に参加するために、身につけなくちゃいけないことを話そうか」
「わ、私が身につけなくちゃいけないことって、なによ」
くつくつ喉を鳴らしながら改めて話し出したスタンに及び腰になる。
夜会が未知すぎて、想像もできない。
身につけるって何。武器の話?
「まず最低限の教養。これはエヴァと一緒に淑女教育の基礎を見直せば大丈夫。姿勢を正して口を開かずにっこり笑顔でいればなんとかなるさ」
少し前からご一緒しているから知っているけど、姿勢を正すって結構難しいんですけど! お辞儀の仕方も角度がどうこうって厳しいんですけど!
「それから夜会に参加するための正装。これはメイジーが用意するのは難しいから、此方が用意するよ。あとでエヴァが着せ替え人形にするから覚悟をしておいて」
ちょっと、ありがたいけどどういうこと。着せ替え人形って何。
モーリスも不思議そうにスタンを見た。
「エヴァ様のお古たくさんあるだろ?」
「エヴァとメイジーは身長が全然違うから入らないよ。何よりエヴァは純粋、清楚系。メイジーは蠱惑、魅了系が似合うから」
「なにその系統!?」
「中身は猪突、純真無知系だけど今回は見た目に合わせよう」
そんな系統初めて聞いたんだけど!
純真無垢ではなく純真無知ってなに!?
私の訴えをスルーして、スタンは続けた。
「あとは、ダンスレッスン」
立ち上がり、私の手を取り、その場でくるりと回転させる。
足がもつれそうになったけれど、なんとか習ったばかりの足さばきを思い出して対処した。
「急に何するのよ危ないじゃない!」
「フォローする準備はできていたけど…へえ、結構踊れる方だね」
「ダンスはまあ、楽しかったわ」
難しいことを考えなくてよかったし。同じステップだけだったし。
でもそういった私に、スタンは愉快そうに笑みを深めた。
…何その、いいこと思いついたっていう悪ガキみたいな顔は…!
「じゃあ、ステップアップだ」
――公爵夫人はダンスが得意だったと有名なことだし。
「もう二つ三つ、覚えていこうか」
なんてスタンの思いつきから、私は得意な方だったダンスですら目を回すことになったのだ。
あのやろう…絶対呪ってやる…!