56 何事にもお金はかかる
「訴訟費用というのだけれど」
「そしょうひよう…?」
初めて聞いた単語をそのまま繰り返す。
私の思考は完全に停止していた。
…え、お金かかるの? 呪いの事件がどれだけ起きているか知らないけど、必要だからあるんじゃないの呪法裁判所。
「呪いが故意か否か、だったかな。故意と断定された場合、手数料を敗訴側が支払うんだ。この場合メイジーはわざと呪うわけだから、手数料を支払うことになる」
あ、負けた方が払うのね。
ということは、わざと呪ったと立証されたら裁判的には負けだから、私が支払うことになるわね。
…そうね? わざと呪っているから、負けね?
公爵家を引きずり出してあの日何があったのか判明したら勝ちのつもりだったけど、もしかしてこれって負け戦?
「裁判で理由を明確に証言する場合、メイジーを弁護してくれる人が必要だ。となると弁護士を雇わないといけない。その分も合わせて、そうだな…これくらいかな」
そう言ってスタンが立てた指は三つ。
桁がわからず、精一杯自分の中で高額だと思われる金額を呟いた。
「さ、三十万…」
「残念。三百」
「びゃ…っ」
「安く見積もってこれね」
「ぴゃ…っ」
「訴訟費用と弁護士費用は別だけど、メイジーは負けにいっているからね。どちらも支払うことになるだろうね」
「ひ…っ」
「一回の裁判で結果が出るとも限らない。公爵家を巻き込むつもりなら長引くことだろう。長引けば長引くほど、手数料は積み上がっていく…」
「い、いくら…いくらになるの…」
「さあ。証人を召喚したり呪いで痕跡を辿ったり、どんな調査が行われるかで費用も変わる筈だ。繰り返すけど、公爵家を巻き込むならそれだけ厳密な調査が必要になり、費用も膨大になるだろう」
「費用不明…っ」
ふらりと目眩を覚えて頭を抱えた。そんなの関係ねぇと叫べるほど金銭的余裕はないわ。借家だってやっすいところを厳選したのに、最低費用三百万なんて用意できない。あとなに? 弁護士費用? そういうの全部用意されている物だと思っていたわ。
「うっかり呪っちゃった人は、警備団からそういった事情を聞いて、素直に謝罪して示談で済ませることが多いようだよ。初回は呪い封じの呪具を罰金で購入して終わるだけだしね。うっかりならそれで終わりさ。うっかり、故意でないなら」
「うぐぐぐ…」
「だって故意に呪うんだから、当然罪は重くなるね。素直に認めて償うなら裁判は必要ないけれど、往生際悪く罪を認めない様な人のために呪法裁判があって、その判決と裁判費用はまったく別のものだ。呪法裁判は基本的に、法廷に立たされたらあらゆる意味で負けだよ」
「ぐぬぬぬ…」
「そもそも裁判が行われるのは、専用の魔女もしくは呪い師が『呪いだ』と判じた結果に抗う人が多いからで、国に雇われている者たちだから冤罪はまずあり得ない。万が一の場合は国の威信に関わるから、そのあたりは厳重に管理されているから公爵家でも結果に口を出すのは難しいよ」
それはとてもいいことだけど、いいことだけど!
警備団や騎士団には事件に呪いが関わっていないかを調べる機関があるって聞いたことがあるからそれが機能しているならとてもいいことだけど!
「公爵家を巻き込めたとしても、メイジーがわざと呪いを行った事実は変わらないから、確実に支払いが発生するね。知っていた?」
「知らなかった…!」
「だろうね」
知らなかったわ…!