51 メイジーの幸福な記憶
メイジーは南にある小さな田舎町で生まれ育った。
田舎だけれど、住人達は皆陽気で愉快で親切な人たちだった。距離が近く、田舎だからこそ皆顔見知りで大きな家族のようだった。
そんなのどかな田舎町でメイジーはのびのびと育った。
「いじめっこうちとったり!」
「ああああああメイジーだあああああ!」
「逃げろ踏み潰されるぞ!」
「『アカイノシシ』のメイジーだぁああ!」
「駄目だよメイジー! 暴力は良くない!」
「誰か! 誰かおばさん呼んで!」
「おかあさーん! メイジーちゃんのおかあさぁあああああん!」
「うちの子の元気が有り余っていて申し訳ございません―――!!」
とてものびのび育っていた。
メイジーを育てたのはメイジーと同じ臙脂色の目をした母親。母、ネイは女手一つでメイジーを育てていた。
父親は、メイジーが生まれる前に死んだらしい。馬車の事故で、メイジーの母親も同席していた。母親が助かったのは奇跡のようなもので、メイジーが元気に生まれたのも奇跡だった。さらに田舎町の人たちがよそから来た親子を受け入れたこともきっと奇跡だった。
「すぐ暴れてこの子は! 悪いことする奴はまず証拠を押さえてから叩きなさいって言っているでしょう」
「そんな! 証拠を集めている間に苦しんでいる人を見捨てたりできないわ! まず動けなくしてから調べたらいいじゃない!」
「手を出した方が負けなのよ。手を出されてから吹き飛ばしなさい」
「やだやだ悪即斬って警備団のゴトーが言ってた!」
「…警備団が言うならそれが真実ね。見つけ次第やっちまいなさい。責任は言い出しっぺの警備団員が取ってくれるわ」
「ネイさあああああん!?」
母は朝から晩まで町の裁縫場で働いて、メイジーの着る物も全部母の手作りだった。残念ながらメイジーに裁縫の才能は無く、針を指に突き刺して終わった。
白いハンカチがまだらに赤く染まったのは痛い思い出だ。
「ちょ、メイジー、何その手!」
「しっぱいした…」
「針が刺さりすぎて剣山みたいになっているじゃない! 貴方の手は針山じゃないのよ!?」
大慌てで手当てをしてくれた。手当は下手くそだったが、愛情深い人だった。
「メイジーは不器用さんね。お料理洗濯は上手なのに。お掃除はちょっと苦手だけど」
「だってあいつら大体でなんとかなるもの」
「そうよね。なんとなくで良いわよね」
「お母さん、それ砂糖よ。作っているのはシチュー。それ隠し味の分量じゃないから戻して、お母さん。駄目よ入れちゃ駄目よあああああっ」
裁縫は得意なのに他の家事がからっきしな、不思議な人だった。
「さむーい。夜になると冷えるー」
「くっついて寝るのよー」
「あつーい。子供体温があつーい」
「離れちゃうわよー」
「つめたーい! 娘の対応がつめたーい!」
「きゃーっ! お母さんが毎晩あつくるしーい!」
「「きゃきゃきゃきゃきゃきゃっ」」
貧しい暮らしだったけれど、メイジーは幸せだった。
あの日が来るまでは。