50 呪いの行き先
憤慨する私を楽しげに眺めるスタン。
その態度が良くないと思うわ。
でも不思議なことに、出歯亀や野次馬のような不快感を覚えない。
楽しんでいるけれど、面白半分で顔を突っ込んでいるわけではないと何故かわかるから。
顔がいい故の錯覚だとしたら、何発か殴って整形させたいわ。二度と錯覚が起こらないように。
「君をここに連れて来たのはね、君を保護しなければならないと思ったからだよ」
「…保護?」
ゆったりといつも通りに話すスタン。
だけど内容は、どことなく物騒。
「君は本当にエフィンジャー夫人によく似ている。肖像画でしか彼女を知らない僕ですら似ていると思ったんだ。ロドニーが煩かったけれど、親世代のドレスを着た君は生き写しだったらしいよ。それ程そっくりな娘が庶民的な酒場で働いていたら、王都にいればすぐ見つかる」
「…誰に」
誰に見つかるというの。
田舎町から王都に来た、どこにでも居る庶民的な娘が、誰に。
「確証を得るためにも、僕に教えて欲しい。メイジー」
言いながら、どこからか取り出した本を開くスタン。
薄暗いからわからなかったけれど、最初からテーブルの上に乗っていたみたい。対面に座っていてもランプの灯り一つじゃ文字が読めなくて、なんの本だかわからない。
スタンが目的の頁を開いて、本をテーブルに置く。ランプの灯りで暗闇に浮かぶ文字。載っている絵柄。
弓を背負った鷲の絵柄に、思わず眉間に皺が寄った。
「君が呪いたいのは、エフィンジャー公爵家だね」
弓を背負った鷲の家紋を持つ公爵家。
「聞かせてくれないか。君が何故、呪いに手を出そうとしているのか。一体何があったのか」
…本当に知らないのかしらなんて邪推してしまうほど、全部言い当てられている。
この広げられた本だって、私がこの屋敷の書斎で確認した本だ。
貴族の家紋が載っている、貴族目録。
エヴァと一緒に受けた淑女教育で貴族の家紋を覚える授業から知った本。文字を覚えても、発音が今ひとつわからなかった。
ロドニーから飛び出した公爵家の名前が、綴りが、なんとなく一致して確認した。そして確信した。それが今日のこと。
何があったのか、なんて。
私の方が知りたいわ。
呪いは、あくまでも手段の一つでしかない。
拳を握る。震える手を手で包み、胸元に引き寄せて耐える。
「…そいつが公爵かどうか、知らないわ。公爵様の顔なんか見たこともないし」
見たことも聞いたこともない。
「でも公爵家は絶対関わっている」
あの日、田舎町はいつも通りの日常で。
『ただいまお母さん』
『お母さん?』
私の家だけが非日常だった。
「お母さんの失踪に、絶対関わっている」
あの日。
「お母さんが消えたの」
真っ赤な部屋を残して、いなくなってしまった。




