46 見上げた先に
なんか落ちてきた!
でもって顔に、貼り付いた!
「ちょ、やっ、なに!?」
突然の襲撃に狼狽える。咄嗟に引き剥がそうと触れて、はっとした。
ふんわりやわらかっ。
こめかみに感じる小さい手の締め付け。
額に尖った鼻とひげが忙しなく動く感触。
鼻先に当たるふかふかの腹から響く、命の音。
小さくて柔らかくて温かな…小動物がなんで私の顔に貼り付いているのよ! やめなさいやめなさい! どうやって引き剥がしたらいいかわからないわ!
他より小さい身体に宿った命なんだから大きな生き物に向かってくるんじゃないわよ! うっかり潰されちゃったらどうするの! うっかり握りつぶしちゃったらどうすればいいの!
あとこれなんとなく正体わかった気がするんだけど! すごく覚えがあるんだけど!
小動物をどう引き剥がすべきかぐるぐる考えたその時、手にしていた木の実がスカートの上に落ちる。ぽとんと間抜けな音を立てて落ちた。
その音を聞いた瞬間、顔に貼り付いていた小動物が素早い動きで方向転換し、私のスカートに乗った木の実に飛びついた。
尻餅をついて座り込んだ膝の上。木の実に飛びつく小動物。
うっすらとした灯りで確認出来たそれは…。
(やっぱり昼間のリス…!)
別リスの可能性もあるが同リスに違いない。クルミの殻をひたすら齧っている姿は間違いなく昼間のリスだ。
…割れていないクルミ。それが、私の上から落ちてきた何か。
なんで、そんな物が落ちてきたのか。
尻餅をついたまま、落ちてきた先を見上げる。
人が月を見上げるように。
途方もなく遠い場所を探すように。
歴然と輝く月を求めるように。
「やあメイジー、こんな時間に散歩かい」
見上げた先に、ぼんやりとした温かな光を背負った男がいた。
気付かれぬよう、身を屈めて下ばかり見ていたから気付かなかった。
部屋の中に小さな灯りを灯し、窓を開け放ち、窓枠に腰掛けてティータイムとしゃれ込む美しい男がいたことに。
夜風に金色の髪を揺らしながら、夏空の瞳を緩めながら…この上なく美しい微笑みを浮かべるスタンは、座り込む私に手を差し伸べる。
「眠れないなら、僕のお茶に付き合ってくれ。モーリスももう眠っていて暇なんだ」
なんてことのない口調で、深夜一人で庭にいる女をお茶に誘った。
悠然と佇む男に女は。
「…夜なんだから寝てなさいよ!」
「はっはっはっは!」
なんでまだ起きているんだと憤慨した。
小さな声で笑われた。




