45 お世話になりました
深夜、使用人達も寝静まった時刻。
私は一人、客室にある荷物を整えていた。
出て行くからには、使用前と同じ状態にしていくのが礼儀よね。持っていけない物はともかく、掃除くらいはしておかなくちゃ。
身一つで連れ去られたようなものだったけれど、数週間世話になれば私物もどきも手元に残る。それらを纏めて、埃を払って、使っていた布団を畳んで…その柔らかさに挫けそうになった。
うぅ…! 柔らかい…! 柔らかい上に温かい…!
結局健やかな眠りに勝てず毎晩この柔らかさに包まれて眠ったから、身体が安眠を覚えちゃった。この布団がなければ私、これから不眠症になっちゃうんじゃない…!?
持っていきたい…この布団を持っていきたい…!
ふかふかの布団にしばし葛藤。でも普通に考えて荷物にしかならない。泣く泣く諦めて、布団と別れを告げた。
贅沢が許されるなら一番に寝具を上等なものにするわ。許されるならね…! 今着ている服だって贅沢品なのにこれ以上を望んでいいのかわからないわ!
一張羅のワンピース修繕は間に合わなかったので、一着だけ失敬していくことにした。これは全部メイジーの分よと言われているけれど、だからって全部持って行けないし怖いわ。怖いわ。数ある中から多分一番質素なドレスを選んだ。質素だけど、庶民的には贅沢品に違いないわ。
客室をぐるりと見回って、掃除のし残しがないかを確認する。うん、大丈夫そう。
となれば早々におさらばよ。
カーテンを閉めたまま手を伸ばし、窓の鍵を開けた。
幸い客室は一階。窓から出入りが簡単。
どうして扉から出て行かないのかって、室内より外の方が見つかる確率が低そうだからよ。廊下は真っ暗だけど、屋外は月明かりでなんとなく確認できるし。
問題なく窓を開けて、腰より高い位置にある窓枠に乗り上がる。思ったより高さが合ったけれど、問題なく窓から庭に出た。
ここから壁沿いに進めば、外に繋がる門に出る。流石に塀を登って外に出るのは難しいから、門を目指すわ。
抜き足差し足、なるべく音を立てないよう気をつけながら進む。身を低くして、室内から頭が見えないように注意しながら。
気分は泥棒ね。ドレスを一着失敬するわけだから、間違っているわけでもないのが悔しいわ。
泥棒…チャンル学園に侵入したのは木の枝を採取する目的があったわけだから、あれも泥棒目的の不法侵入だったのよね。
結局目的を果たすことなく逃亡したけれど、犯罪目的で忍び込んだことに間違いはない。木の枝くらいと考える人も居るかもしれないが、学園が保護している木の一部だから窃盗になる。
所有地から持ち出すんだもの。石ころ一つでも許可が必要よね。所有地ってそういうものでしょ。土地に存在する全てがその人のもの。
たとえ木の枝一本だろうと、そこから持ち出すなら泥棒なのよ。
…泥棒でも構わないわ。
泥棒と罵られても構わないの。
だって私は…。
夜風に揺れる花に誘われて、月が照らす庭を見る。
闇夜に揺れる花々は、目に映るだけの美しい花じゃない。
…ドレス一着失敬するなら、庭から薬草を引っこ抜いても同罪かしら。
ちょっと欲望が顔を出す。
魔が差すとも言う。
…駄目ね。見つかる可能性が上がるから駄目ね。何よりこの暗闇で薬草の見分けなんかできないわ。
気の迷いを祓うように首を振る。布団といい薬草といい、とんだ誘惑が潜んでるわね貴族のお屋敷。
慎重に踏み出した足。こつん、と爪先に何か当たった。
硬い、小石の感触。踏んだら転びそうな大きさ。
昼間探したときは小石一つも見つからなかったのに。探していないときに限って見つけるって本当に何。
月明かりと星の瞬きの中では足下がよく見えない。転んだりしたら物音でばれてしまう。より一層、慎重に進まねばと壁に手を当てて…。
こつん、と上から降ってきた何かが、頭に乗っかった。結った髪に乗ったままの感触。
え、なに?
手を伸ばして落ちてきた何かを掴んだ。暗くてよく見えないけれど、なんとなく木の実っぽい感触。
でもこのあたりに木の実のなっている木なんてあった?
不思議に思い顔を上げて…。
「ぶにゃ!?」
上から降ってきた何かの衝撃で、その場に尻餅をついた。




