42 初恋の…
「そうなんだ。おかげさまで公爵本人にとても嫌われている」
「しかも認知されているの?」
さっきのスタンの質問、不躾かと思ったら皆知っていることだったの?
もしかして人妻なのは結果だけで、古馴染みとか叶わぬ恋とかそういう奴かしら。
「「塔」の研究員は念の為、夜会の警護もするんだけど、その時に夜会の会場で公爵夫人に一目惚れしてね。その場で、大衆の前で、身につけていた宝石を贈ろうとしたロドニーを「塔」の所長が殴り飛ばしたんだ。その一部始終を夫である公爵に見られていて、公爵はずっとロドニーを警戒している。警戒しすぎて夫人を外に出さなくなってしまったんだ」
「こいつもだけど公爵もやばい奴ね」
全然違ったしかなりやばい。
この国では異性に宝石を贈る行為は特別な意味を持つ。しかも身に付けていた宝石ならなおさら。
「そうだね。かれこれ二十年程夫人は表舞台に出ていないよ。僕が生まれる頃の話だから、僕は直接夫人を見たことがない」
「うわ…」
やば。
「おかげさまで公爵夫人は公爵に監禁されているとかご病気だとか、実はもう死亡しているとか様々な噂が飛び交っているよ。使用人達にすら姿を見せない徹底ぶりらしいから、そんな噂が流れても仕方がないね。嫉妬深い夫が魅力的な妻を独占欲から殺してしまったなんて噂もあるくらいだ」
「やば…」
やば。
「あれから二十年経ちますが、私の網膜にはあの美しい包容力を感じさせる大地色の髪と口紅より深い臙脂色の目が焼き付いています。ああ、麗しの公爵夫人。若き日の私はこらえ性がなかった。後悔しています。もっとじっくり計画を立ててお近付きになるべきだったのにその場で求婚しようとしてしまったのですから」
やば。
「人妻に求婚する倫理観からして駄目じゃない? こいつ」
「公爵の判断が正しく感じちゃうくらい駄目だね。流石にそろそろ別の女性に目を向けて、公爵夫人を諦めて欲しいところだ」
「そんな。せめてもう一度、一目だけでも彼女を目に収めないととても無理です。あれから二十年。より成熟した大人の女性となったナディア様を海馬に焼き付けないと諦めきれません」
「それ諦めないやつね」
諦める奴は海馬に成長した初恋の人を刻みたいとかいわないわ。普通言わないわ。まずその言葉運びが気持ち悪いわ。
「ロドニー、公爵夫人を名前で呼んではならないよ」
「申し訳ありません脳内でいつも呼んでいたため…」
やんわりスタンが注意するが、ロドニーは素知らぬ顔だ。スタンはゆったり微笑んだまま愉快そうに首を傾げた。
「うーん、どう取り締まるべきか…まずは家名で呼ぶことから徹底して、じゃないと今度こそ公爵に首を切られるよ。僕は止めない」
「申し訳ありません。しっかりエフィンジャー夫人と呼びます」
「えふぃんじゃー?」
手の平返しが素早い。
これ、既にやらかしているやつじゃない? こいつ何回やらかしているの?
というか公爵家の家名。言いにくいわね。
「うん。エフィンジャー公爵。公爵家の中でも王家に近い血筋だから、メイジーも聞いたことがあるかもね。色々事業展開もしているし」
「いいえ、聞いたことがないわ」
「そうか」
聞いた事はない。
でも、エフィンジャー公爵家か。
そうか。
ふうん。
「公爵家がそんなに偉い立場なら、なんでこいつまだ生きているの?」
「辛辣」
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