37 無罪ってことで!
それから私は客人に会うということで、いつもより念入りに髪を整えられた。きちっと後頭部に纏められた金髪。ポニーテールとは違った頭の重み。髪飾りまでつけられたわ。
…その客人を先程足蹴にしてきたとは流石に言えなかった。
未だ着慣れない上等な布の感触に自然と歩幅が狭くなる。踵の高い靴で歩くのには慣れたけれど、大股でガンガン進むのには向いていない。
マナー教育の教師は満足そうに頷くけれど、庶民は時間との勝負だからこの踵の高い靴は絶対向いていないわ。もう少し低いか太いか調整しないと。
なんて考えながら応接室へと通される。
ここには初めて来たわ。
このあたりはスタンが仕事をする部屋が近いから、近付かないようにしていたのよね。
何をしているか知らないけれど、流石に駄目でしょう。不審者をそんなところに近づけちゃいけないわ。
不審者って勿論私のことよ。忘れないでね。
通された応接室は、三人掛けのソファが二つ、足の短い長方形のテーブルを挟んで置かれていた。部屋の隅には大きな花瓶が置かれ、観葉植物の鉢も配置されている。背の高い窓からは庭がよく見え…さっきまで私がいたところがよく見えるわね。小人の位置が変わっているのはモーリスが置く位置を間違えたのかしら。後で庭師に謝っておきましょう。
「…じん…」
小さな声が聞こえてそちらを向けば、先程より呆然とした様子の白いローブの男がこちらをガン見していた。
「ようこそメイジー。こちらに座って」
白いローブの男とスタンは対面に座っていた。モーリスは護衛だからか、スタンの後ろから動かない。こちらに、とスタンの隣を示されたから逆らうことなく隣に座る。ここで反抗して白いローブの男の隣に座る気はないわ。
だって隣に座ってまたセクハラされたら、今度は喉仏に張り手を喰らわせちゃう!
貴族だろうが関係ない。一度手を出したんだから二度も三度も変わらないわ。何なら今度こそ証拠隠滅、記憶の抹消を遂行してみせる。
強い決意を抱いた私の視線に対面の男が震えた気がしたけど気の所為よね!
「さて、簡単に紹介すると…こいつは僕の同僚、呪いを研究する「塔」に所属しているロドニーだ。ロドニー、こちらの淑女はエヴァの客人、メイジーだよ」
「ロドニー・アップルトンと申します」
「…メイジーです」
スタンの奴、淑女って強調したわね。
ジトッと隣を見上げけれど、スタンはどこ吹く風だった。憎たらしい。
それが相手から視線を反らしていると取られたのか、白いローブの男、ロドニーが蕩けるような微笑みを携えながら囁いた。
「そう硬くならないで。私はただの研究職員ですので、身分ある立場ではありません」
そこまでアンタに興味はない。
貴族相手にやらかした言い訳をしに来ただけ。裁判を受けに来たようなものよ。
そのあたりわかっているスタンはこともなげに言った。
「ロドニーは男爵の出だけど、爵位を持たないから平民と言えば平民だね。メイジーが心配している事態にはならないよ」
なんだ貴族じゃないなら裁判にもならないわ。無罪だった。
「…貴族じゃないなら蹴ってもいいってことにならないぞ」
「うるさいむっつり」
「むっつりじゃ…ない!」
無駄な抵抗はやめなさい。誰のためにもならないわ。
歩くご禁制改め、ロドニー・アップルトン。
「塔」に所属する呪い研究員。
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