32 迷いリス
「…は!?」
私は咄嗟に食べ進められている一輪を握りしめた。
一瞬ぴんっと張る花。
制止する私、食べ進めるリス。
私が押えたことで動かなくなった花。
しかしリスは気にせず、自ら距離を詰めてきた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいリス! これは私の花よ!」
しゃくしゃくしゃくしゃく。
「アンタもう二輪は食べてるでしょ! 花泥棒してるでしょ! 満足しなさいよ!」
しゃくしゃくしゃくしゃく。
「あーっもう外敵への警戒心どうなってるのよ食への執着強いわね! 普通逃げない!?」
しゃくしゃくしゃくしゃく。
「怖い物知らずね! 小動物ってもっと警戒心が強いものじゃないの!?」
あっという間に咀嚼を進めて花を握る私の手にまで齧り付きそうだわこのリス!
咄嗟に手を放してしまったので、リスはしっかり根元まで完食した。
根っこ駄目じゃない? こういうの、根っこは食べちゃ駄目じゃない?
このリス全部詰め込んだけどそのあたり大丈夫なの?
「なんなのよもう…」
動じず食べ進めたリスは、私の膝に乗り上げた状態で頬袋に詰め込んだ花を咀嚼し続けている。
詰めた位置が気に入らないのか、小さい手を頬に当ててもにもに揉み込み位置を調整していた。その様子は可愛いけれど、一気に花を三輪も詰め込むの、どうなの。
多いの? 少ないの? それすらわからないわ。
「…アンタどこから来たの。ここ、猫もいるから危ないわよ」
お貴族様はわりと動物を飼育している。馬もいるし猫もいるし犬もいる。
ただ、エヴァやスタンが飼い主ってわけじゃなくて、管理上の問題で飼育しているだけらしい。馬車を引く馬。鼠を追い払う猫。警備の補助に番犬…という具合に。
敢えて言うならスタンが飼い主って言っていたけど、世話はしていないから使用人達が飼っているようなもの。
このリスもそれに該当するのかしら…いいえ、これは飼育していたとしても愛玩目的。野放しにはしないでしょう。野に放たれているということは、野良よね。野生。
野生のリスが整備された庭にいるって、入り込んじゃったのかしら。
迷い猫ならぬ迷いリス? 鼠判定を受けて猫に追いかけられるわよ。
…それにしても人に慣れているわね、この子。私の膝から一向に退かないんだけど。
一心不乱に自分の頬を揉んでいるリスをじっと見下ろすけれど、警戒心のないリスは一向に移動しない。
え、これだと私が動けないんだけど。
執着心の強い迷いリス。
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