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24 それぞれのできること


「ところで家紋を縫うのが妻の役目なら、ピーター様のところの家紋は何なの」

「ひょっ!?」

「複雑な形だと面倒よね。これでも簡易化されているって聞いたけどどうなの」

「ぴぴぴぴーたーさまのお家では確か羊が家紋で…っ」

「あ、だからこの【P】ふわふわしているのね」

「ぴっ!」


 これも経験で培ったスキルかしら。このふわふわ感どうやって出すのかわからないわ。


 経験か。


 お母さんも、仕立てたワンピースの裾や襟に小さく刺繍をしていた。お母さんは裁縫場で働いていたから、きっと長年の経験値でああいうのも熟せたのね。


「どちらにせよ肩が凝るから苦手ね…」

「な、習い事で、興味が引かれた物はありましたか?」

「ピアノは指がつりそうだったし、刺繍はご覧の有様だけど…ダンスは楽しかったわ。あと文字を習うのは普通に有意義だった」


 指先をちまちま動かすより、手足を大胆に動かす方が性に合っている。基本のホールドとステップだけを習ったけど、リズムに無事乗っていたと思う。

 何より文字を習えたのは本当に有意義な時間だった。こちらがお金を払うレベルで有意義。


 今更ながら私ってば、なんでこんな手厚く教育を受けているのかしら。


 暇だって訴えたことから始まったけれど、普通ここまでしないわよ。ただの話し相手の庶民…しかも不審者相手に。

 定期的に、ここのお貴族大丈夫? って疑問が湧いてくるけど、仕方がないわよね。

 本当に大丈夫?


「庶民は学ぶより働きに出る人のほうが多いのよね。私もそうだし、勉強より掃除洗濯のほうが自信あるわ」


 庶民の掃除洗濯だけど。今着ているドレスを洗えって言われたら逃げるわ。

 だって絶対破いちゃうじゃない!


「掃除、ですか。したことがないです」

「したことあるならびっくりよ」

「ええと、あの、お菓子なら…!」


 責められていると勘違いしたのかしら。慌てたように言い添えられる。

 へえ、お菓子。


「器用じゃない」

「いえその…実は、ピーター様に一度、贈り物を…」


 ぽぽぽ、と白磁の頬を桃色に染め上げるエヴァ。手にしたハンカチをぎゅっと握りしめもじもじする。壁際の侍女がハラハラしながらこっちを見ているのは、エヴァが私と同じ失敗をしそうだから。針、置きなさい。


「ピーター様は、いつも笑顔ですが、食べている時が本当に幸せそうで…」


 思い出すのは全体的に丸かったピーター様。確かに食べるのが好きそうな見た目をしていたわ。


「それで、わたくし、ピーター様に喜んで頂きたくて、お菓子を作ってみたのですが」

「偉いじゃない。自分で作ったのね」


 多分、エヴァの立場なら使用人に命じて買うなり作らせるなりするのが一般的なんじゃないかしら。

 それを自分で作ってみようとするなんて、恋って健気。


「ですが上手くいかず…結局わたくしがしたのは、焼き上がった菓子を袋に詰める作業だけ…」


 しょんぼり肩を落とすエヴァ。

 お菓子自体は渡すことができたけれど、自分の失敗は恥ずかしくて語れず、お菓子作りに挑戦したことも秘密にしていたらしい。


 …なによそれ勿体ないわね! その健気なエピソードを恥じらいながら伝えてちょっと良い雰囲気になりなさいよ!


 恋バナをしながら思ったが、エヴァは引っ込み思案だ。内向的ともいう。恋心から挑戦することはするが、いざという時は尻込みして結果を残せず、肩を落とす。

 これではいけない。


 無事に想いを通わせたのは僥倖だろう。

 しかし恋とは、愛とは、想いが通じたら完結するモノじゃない。むしろそこがスタートライン。二人の未来は始まったばかり。

 それなのに、受け身ではいけない。


(押し倒すぐらいのガッツが必要でしょ!)


 流石に無理だとわかっているので口には出さない。喉元くらいに競り上がった言葉をごっくんと飲み込んだ。

 押し倒すのは無理。わかっているわ。私もふしだらになれと言っているわけじゃないし。

 そう、引っ込み思案なエヴァも、相手に喜んで貰おうと健気に刺繍をしたり料理に挑戦したりしている。結果が形になっていないのは、私が刺繍を苦手としているのと同じように経験が足りないから。


 そう、経験が。

 となれば。


「料理教室をはじめるわ!」

「なにゆえ!?」


 経験値を積むためよ!



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プティルブックス様より

事故チューだったのに!

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― 新着の感想 ―
[一言] メイジーだと、押し倒すかわりに大外刈りかけそうなイメイジー。
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